MaaS(マース)とは、鉄道・バス・タクシー・シェアサイクルなど複数の移動手段を、検索・予約・決済まで一つのサービスとして束ね、利用者が一体的に使えるようにする仕組みだ。
日本では2019年の「MaaS元年」から国の支援が始まった。いまは人口減少で細る地域交通と、過去最高を更新する訪日需要という二つの課題をつなぐ手段として期待されている。
本記事では、MaaSの定義、なぜ今語られるのか、統合レベル0〜4の仕組み、日本の制度の系譜、海外の破産事例から国内の観光型MaaSまでを、業界外の読者にもわかるように整理する。理想を礼賛するのではなく、「実証で終わったMaaS」と「社会に残ったMaaS」を分ける条件までを見ていく。
この記事のポイント
MaaSとは何か。所有から利用へ
MaaS(Mobility as a Service)とは、鉄道・バス・タクシー・シェアサイクルなど複数の移動サービスを最適に組み合わせ、検索・予約・決済までを一括で行えるようにするサービスを指す。
国土交通省は日本版MaaSを「地域住民や旅行者一人一人のトリップ単位での移動ニーズに対応して、複数の公共交通やそれ以外の移動サービスを最適に組み合わせて検索・予約・決済等を一括で行うサービス」と定義している。
欧州で業界標準づくりを進めてきたMaaS Allianceは、MaaSを「さまざまな形態の交通サービスおよび交通関連サービスを、単一で包括的なオンデマンドのモビリティサービスに統合するもの」と定義してきた。
なお同組織は2026年3月に、対象をより広いモビリティ領域へ広げるとして「Mobility Alliance」へ名称を変えている。
MaaSという概念が体系化されたのはフィンランドだ。2014年、アアルト大学の修士論文がヘルシンキを事例にMaaSの考え方を体系的に扱い、国際的な注目を集めた。
同じ2014年末には、「MaaSの父」とも呼ばれるSampo Hietanen氏がMaaSの事業計画を提唱した。翌2015年には、公共交通やタクシーなどを束ねた月額定額パッケージ、いわば「交通のSpotify」という構想を示した。
所有するクルマの代わりに、移動をサブスクリプションで買う。この発想が、定額型MaaS構想の原型の一つになった。
なぜ今、日本でMaaSが語られるのか
MaaSが日本で語られる背景には、正反対の二つの動きがある。移動を「運ぶ側」の地域交通が細る一方で、「運ばれる側」の訪日需要は膨らんでいる。
この供給と需要のねじれは、いまの観光を考えるうえで避けて通れない。
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観光と交通の全体像 航空・鉄道・バス・MaaSのいま
運ぶ側の危機。地域交通の担い手が足りない
まず供給側だ。乗合バスの輸送人員は2023年度時点で2001年度比のおよそ33%減まで落ち込んでいる。
事業としても成り立ちにくく、一般路線バス事業者の73.7%が赤字、地域鉄道事業者にいたっては83.3%が経常赤字だ(いずれも2023年度)。
担い手不足も深刻だ。自動車運転従事者の有効求人倍率は2.76倍で、全職業平均の1.20倍の2倍を超える(2025年1月)。バス運転者に限ると2.60倍だ。
日本バス協会は、2030年にバス運転者が必要数の約28%にあたる約3.6万人不足すると試算している。路線の廃止も続き、2008年度から2023年度までに約23,193kmの路線バスが姿を消した。
担い手や路線が細るなかで広がっているのが「交通空白」、つまり公共交通を使いにくい地域だ。国交省が2026年6月に公表した「取組方針2026」によれば、対応が必要な交通空白は全国2,740地区・人口約1,721万人にのぼる。
同方針は五つの柱の一つに「観光を起点とした持続可能性強化」を掲げ、観光をてこにした地域交通の立て直しを打ち出した。
運ばれる側の膨張。インバウンドと地方誘客
一方で需要側は膨らんでいる。2025年の訪日外客数は4,268万3,600人で、前年比15.8%増の過去最高を記録した。
訪日外国人の旅行消費額も9兆4,549億円と過去最高で、うち三大都市圏以外の地方部が2兆1,338億円を占める。政府は地方への誘客と周遊を政策の柱に掲げるが、その地方でこそ二次交通(主要駅や空港から観光地までの地域内交通)が細っている。
足元の訪日需要は、中国の大幅減で総数こそ前年をやや下回るものの、なお高水準にある。2026年6月の訪日外客数(JNTO推計値)は314万8,600人、1〜6月の累計は2,108万4,800人だった。
中国が前年同月比で約6割減った一方、韓国や米国など15の市場が6月として過去最高を記録するなど、市場ごとの濃淡は大きい。訪日客をどう地方の観光地まで運び、周遊させるか。MaaSはこの問いへの答えの一つとして位置づけられている。
政策の後押し
制度面の動きも速い。地域公共交通活性化再生法の改正法が2026年6月に成立・公布され、自治体が主導する地域公共交通特定事業で、交通事業者が自治体の情報提供などの協力要請に正当な理由なく応じる仕組みが設けられた。
全国の事業者に一律のデータ提供義務を課すものではないが、地域単位で運行情報などを束ねる下地にはなる。データの連携は、観光DXの観点からもMaaSを動かす土台の一つだ。
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観光DXとは ツール導入では終わらない「変革」の全体像
供給の危機、需要の膨張、制度の整備。この三つが重なったことが、いま日本でMaaSが語られる背景にある。
MaaSの仕組み。統合レベル0〜4
MaaSは「複数の移動手段をどこまで一つに束ねるか」で段階が分かれる。この整理の原典が、2017年にSochorらが発表した論文で示した統合レベルだ。法令や国際規格ではなく、研究者が提案した分類として広く参照されている。
統合レベルは0から4の5段階で整理される。レベル0は統合なし、レベル1は情報の統合、レベル2は予約・決済の統合、レベル3は契約・責任を含むサービス提供の統合だ。
具体的には、レベル1がGoogleマップのようにルートをまとめて検索できる段階、レベル2が検索から予約・決済までを一つのアプリで完結できる段階を指す。
レベル3は、複数の移動サービスを契約や責任の分担まで含めて一つの商品として束ねる段階だ。月額定額のサブスク型(WhimやUbiGoなど)はその代表例だが、原典も「サブスクの場合もある」と述べるにとどまり、定額使い放題が必須の条件というわけではない。
レベル4は毛色が異なる。自家用車の削減など社会的な目標をMaaSに織り込む考え方で、原典でも「どのレベルにも組み合わせ得る」政策のレイヤーとして位置づけられている。レベル3の上にさらに積み上がる段階ではない。
重要なのは、レベルが高いほど優れているわけではないという点だ。統合が深まるほど、契約や責任、収益配分といった調整事項は増えやすい。ただし技術的な複雑さまで一律に高まるとは限らない。原典はむしろ、参加事業者が絞られればレベル3の技術統合がレベル2より簡素になる場合もあると指摘している。
実務でレベルを上げにくいのは、束ねるほど三つの負担が重くなるからだ。複数事業者にまたがる運賃の精算と収益配分をどう合意するか、経路や遅延を束ねる運行データを誰が整備し更新し続けるか、各社のシステム改修や運用のコストを誰が負うか。多くの実証は、この恒常的なコストを賄いきれずに終わってきた。
後述するように、理想に近いレベル3の定額型を掲げたサービスは採算の壁にぶつかってきた。本稿で取り上げる国内サービスの多くは、情報や決済を束ねるレベル1〜2に軸足を置いている。
「MaaS元年」から観光MaaS推進事業へ
この図表のデータを見る
| 年度 | 採択数(事業) |
|---|---|
| 2019年度 | 19 |
| 2020年度 | 36 |
| 2021年度 | 12 |
| 2022年度 | 6 |
| 2023年度 | 6 |
| 2024年度 | 11 |
| 2025年度 | 29 |
| 延べ合計 | 119 |
出典:国土交通省「日本版MaaS推進・支援事業の実施について」(2020年度は総括ページの36事業で計上)
日本のMaaSは、国の旗振りとともに広がってきた。国交省は2019年を「MaaS元年」と位置づけ、51事業の応募から先行モデル19事業を選定した。
この19事業は大都市近郊型・地方郊外や過疎地型・観光地型の三類型で評価され、観光は当初から柱の一つだった。
その後、国の「日本版MaaS推進・支援事業」は年度ごとに事業を支援し続け、2019年度の19事業から2025年度の29事業まで、延べ119事業にのぼる(年度をまたいで継続した同一事業の重複を含む延べ件数)。
2025年度に選定された29事業では、「交通空白」の解消や地域経済の活性化に加え、オーバーツーリズム対策への活用が明記された。
制度の裏づけも段階的に整った。2020年11月に施行された改正地域公共交通活性化再生法では、MaaS普及を後押しする「新モビリティサービス事業計画」の認定制度が創設された。
この制度の全国初の認定は2024年3月29日で、九州MaaS協議会と長野県原村の2者が同日に受けている。制度の創設は2020年、初認定は2024年3月と、その間には約3年半の開きがあった。
さらに2023年10月に全面施行された改正地域交通法は、地域交通の「リ・デザイン(再構築)」を掲げた。
自治体と交通事業者が複数年・エリア単位で黒字・赤字路線を一括して運行する「エリア一括協定運行事業」なども設けられ、赤字路線を含めて面で支える発想へと軸足が移った。
そして2026年4月、国交省は観光に重点を置いた「観光MaaS推進事業」として9事業を選定した。観光地型(2019年)、観光促進型(2024年)、観光MaaS推進事業(2026年)と、観光を明示した枠組みが続いてきた。名称の変遷そのものに、観光を軸へ据える流れがうかがえる。
海外の先行事例が示す教訓。Whimの破産
MaaSの理想像を最も体現したのが、フィンランドのMaaS Global社が2016年に始めたアプリ「Whim(ウィム)」だ。
公共交通・タクシー・レンタカーなどを月額定額で束ねる、統合レベル3のサブスク型MaaSの旗手だ。トヨタや三菱商事なども出資し、世界の注目を集めた。
だが、その旗手であるMaaS Global社は2024年3月、ヘルシンキ地方裁判所に破産を申請した。
2022年は売上380万ユーロに対して損失930万ユーロを計上し、従業員は2020年初めの120人から破産直前には28人まで減っていた。破産の原因を一つに絞ることはできないが、「所有に代わる定額乗り放題」というモデルが、単体で採算を取る難しさを映す事例になった。
もっとも、移動サービスそのものが消えたわけではない。オランダのumobが2024年4月にMaaS Globalの技術とWhimアプリを引き継ぎ、いまもヘルシンキを含むフィンランドの5都市でサービスを提供している。ただし提供はumob自身のブランドで、Whimの名前は表に出ていない。「定額乗り放題」を掲げたブランドは、理想ごと引き継がれたわけではなかった。
対照的なのが、ベルリン市交通局が2019年に始めた公共交通事業者主導型のMaaS「Jelbi(イェルビ)」だ。公共交通にシェア自転車やカーシェアなどを統合し、現在も運営されている。
民間スタートアップが牽引したWhimと、公共交通事業者が土台を担うJelbi。運営の担い手の違いは、日本のMaaSを考えるうえでも一つの比較材料になる。
市場としては拡大が見込まれる。矢野経済研究所が2023年に公表した予測では、12の関連市場を合算した事業者売上高ベースで、国内MaaS市場は2021年の約4,905億円から2030年に1兆7,188億円へ伸びるとされる。一方で同社は「MaaS事業はコストがかかり儲かりにくい」構造にも言及している。
国内の観光型MaaS事例
日本でも観光型MaaSの実証や実装が各地で進んだ。その後の歩みは、実証で終わったもの、後継サービスへ引き継がれたもの、通年提供として根づいたものに分かれている。代表的な事例から見ていく。
まず定着した例の代表が「my route(マイルート)」だ。トヨタと西鉄が2018年11月に福岡市で実証を始めた、複数の交通手段を組み合わせて使えるマルチモーダルアプリで、2019年11月にJR九州も加わって本格実施へ移行した。
my routeは2024年9月に累計100万ダウンロードを突破し、2025年9月時点で福岡・横浜・沖縄・東京など14カ所で提供されている。
この共通アプリを採用したのが、2024年8月に始まった広域MaaS「九州MaaS」だ。九州7県を事業エリアとし、山口県や沖縄県とも将来の参画を視野に情報連携から始めている。
関西では、Osaka Metro・近鉄・京阪・南海・JR西日本・阪急・阪神という鉄道7社が連携した「KANSAI MaaS」が2023年9月に始まった。公式には「国内初の鉄道事業者連携による広域型MaaSアプリ」と位置づけられている。
大阪・関西万博はこのKANSAI MaaSの大きな追い風になり、閉会時点(2025年10月)のダウンロードは約160万件と開会前の約8倍に達した。
アプリ経由の万博シャトルバス販売は累計約480万人、協議会の会員も94社に広がった。万博後もサービスは拡張を続け、2026年3月にはオンデマンドバス連携を大阪市24区の全域へ広げている。
一方で、実証で役割を終えた例もある。日本初の観光型MaaS実証とされる伊豆の「Izuko(イズコ)」は、東急やJR東日本などが2019年から3回の実証を重ねたのち完了した。
その知見は後継サービス「伊豆navi」へ引き継がれ、2022年11月から提供されている。JR西日本がせとうちで始めた「setowa」も2022年に「tabiwa by WESTER」へ改称・統合され、対象エリアを広げて続いている。
Izukoは後継の伊豆naviへ引き継がれ、setowaはtabiwa by WESTERへ改称・統合された。実証時の名前のまま現役だと誤解しやすいが、移行の形はそれぞれ異なる。
こうして並べると、続いたサービスの多くは鉄道会社や大手を母体に持ち、アプリ単体の黒字を最初の目標に置いていない。実証止まりとの差は、束ねる技術の高さよりも、支える体力と既存の需要にあった。
このほか、JR東日本の「TOHOKU MaaS」は2022年4月に実証から社会実装へ移り、東北6県で通年提供されている。
小田急の「EMot」は箱根・江の島鎌倉などのデジタルチケット販売を軸に再編され、東武やJTBなどによる日光の「NIKKO MaaS」も2025年にパスを再編して続いている。
予約に応じて運行するAIオンデマンド交通の「mobi」は、国内外で約60エリアの運営実績を持ち、会員は約37万人にのぼる。2026年7月には運営元だった合弁会社Community Mobilityの全株式がWILLERからKDDIへ移り、同社はKDDIの完全子会社「KDDIスマートモビリティ」となった。
WILLERは京丹後市や琴平町など一部エリアを承継し、「WILLER mobi」として提供を続けている。実証で役割を終えた例と、機能を絞って続く例。観光型MaaSの現在地は、その両方が同居する状態にある。
MaaSの成否は、交通サービスをどこまで一つにまとめたかだけでは決まらない。複数の交通手段を定額で利用できる「レベル3」を実現したWhimは、運営会社が破産した。一方、経路検索や予約、決済をまとめたmy routeやKANSAI MaaSはサービスを続けている。技術の完成度だけでなく、運営主体の経営基盤や、もともと地域にある利用需要が継続を左右する。
観光地でまず考えるべきなのは、「どこまで統合するか」ではなく、「誰が運営を支え、どのように収益を確保するか」である。アプリの運賃収入だけで、サービスを長く維持するのは難しい。自治体の支援に加え、周遊によって増える宿泊・飲食・体験などの売上を、交通の維持にどう還元するか。地域経済の活性化と交通サービスの継続を一体で考えることが重要になる。
よくある質問
出典
- 国土交通省「日本版MaaSの先行モデル事業を選定(2019年6月)」
- 国土交通省「日本版MaaS推進・支援事業の実施について」
- 国土交通省「地域公共交通の現状(交通政策審議会資料・2025年6月)」
- umob「umob acquires MaaS Global, Finnish creator of mobility app Whim」(2024年4月18日)/「Where umob Works」
- JNTO「訪日外客数(2025年)」


