FIFAは経済効果を大きく見積もる
開催中のFIFAワールドカップ2026は、米国・カナダ・メキシコの3か国共催だ。出場48チーム、全104試合、開催は16都市(米国11、メキシコ3、カナダ2)にわたる。大会は2026年6月11日から7月19日まで行われ、FIFA・WTOの試算では、大会全体の想定総入場者数は約650万人とされている。
この大会がもたらす経済効果について、FIFAは大きな数字を掲げる。独立機関オープンエコノミクスがFIFA・世界貿易機関(WTO)の協働で実施した試算では、大会は世界全体で最大409億ドルのGDPを押し上げうるとされた。あわせて82.8億ドルの社会的便益と、フルタイム換算でおよそ82.4万人の雇用創出を下支えするという。開催国である米国分だけでも、雇用18.5万人、総産出305億ドル、GDP172億ドルと見積もられている。
ただし、これらはいずれも事前の予測であり、実績ではない。試算はSROI(社会的投資収益率)の手法に76か国の国際的な産業連関データを組み合わせたもので、2025年4月に発表された。数字を引用するときは「FIFA・WTOの試算では」という主語を欠かせない。
開催都市の試算、ロサンゼルスの場合
全体像とは別に、開催都市は個別に経済効果を試算している。8試合を抱えるロサンゼルス郡の例を見ると、規模感がつかみやすい。
委託を受けた調査会社マイクロノミクスの試算では、ロサンゼルス郡が受ける総経済効果は5億9,432万ドルにのぼる。内訳は来訪者による直接支出が3億4,336万ドル、それが地域内で循環する波及効果が2億5,096万ドルだ。来訪者は17万9,200人を見込み、このうちベースライン(大会がなくても訪れたはずの観光客)を差し引いた純増は14万6,511人とされる。1人あたりの平均支出は2,350ドルで、その約半分が宿泊に向かう。
マイクロノミクス自身の比較では、この規模は同じ会場(SoFiスタジアム)で2022年に開かれたスーパーボウルLVI(同社の比較表で3億5,600万ドル)を上回る。試合数が多く、海外からの来訪者が多く、開催期間が数週間に及ぶことが理由だとされる。注目したいのは、マイクロノミクスが来訪者を「総数17万9,200人」と「純増14万6,511人」に分けて示している点だ。大会がなくても訪れたはずの約3万人を差し引いている。経済効果を読むうえで、この総数と純増の区別は重要だ。
巨額試算は、実績で裏切られてきた
問題は、こうした事前試算が過去の大会で実績どおりにならなかったことだ。大型スポーツイベントの経済効果は事前試算が実績を上回りやすい、とスポーツ経済学ではくり返し指摘されてきた。理由は単純だ。事前試算は「大会がなくても発生したはずの消費」を十分に差し引かず、地元住民が支出先を振り替えるだけの「代替」を見落とし、波及効果の倍率を大きく見積もりやすいからである。
実例は事欠かない。ブラジル2014は、事前に約1,070億ドルの経済効果と71万人の雇用を期待した。だが独立の推計では押し上げははるかに小さく、ムーディーズはGDPを10年でならして0.4%程度押し上げるにとどまると見積もった。準備費は約115億ドルで、その85%ほどを公費が負担した。外国人旅行者は約100万人増えたものの、その4分の1はアルゼンチン代表の勝ち上がりによる一過性の増加だったとされる。大会後の世論調査では、61%のブラジル人が「公費の賢い使い方ではない」と答えている。
南アフリカ2010も似た構図だ。事前には海外から約40万人の来訪を見込んだが、実際の来訪は大きく下回った。皮肉なことに、楽観的すぎる予測が宿泊料金のつり上げを招き、それがかえって来訪者の増加を抑え込んだとの分析がある。
なぜ2026も、足元の実需が伸び悩むのか
そして今回も、試算と実需の乖離が早くも見え始めている。米ホテル・宿泊協会(AHLA)が2026年4月末にまとめ5月に公表した調査では、米国側11開催都市のホテルの約8割が「予約が予測を下回っている」と回答した。報道によれば、ホテル価格は2025年末のピークから約3分の1下がり、チケットも多くの試合で入手可能なままだ。当初の強気な需要予測に基づく価格設定が、現実に合わせて修正されている格好だ。
伸び悩みの背景には、米国固有の事情がある。入国を制限する大統領令で39か国の国民が対象となり、出場48か国のなかにも入国が難しい国が出た。出場国を含む50か国の国民にはビザ保証金(最大1.5万ドル)が課されてきたが、米政府は2026年5月、出場国のチケット保有者で優先審査(FIFA PASS)を選んだ人にはこれを免除すると発表した。それでも通常のビザ審査や渡航制限そのものは続き、入国を拒否される事例も報じられている。AHLAの調査は、ビザ問題と緊張した地政学的環境を直接の抑制要因に挙げ、カナダ・メキシコ開催都市の予約が米国側を上回っていると指摘している。
ここに、3か国16都市への分散という今大会固有の構造が重なる。会場が広く散らばるほど、1都市・1地域あたりに落ちる恩恵は薄まりやすい。「史上最大の大会」という看板と、個々の開催都市が実際に手にする果実は、必ずしも比例しない。
日本の誘致が学ぶ「レガシー設計」

では、巨額の試算は無意味なのか。そうではない。過去の大会は、設計次第で結果が大きく変わることも示している。
好例はドイツ2006だ。ドイツはファン中心の運営で大会を盛り上げ、それを長期的なブランド戦略につなげた。大会後の2007年には、国家ブランドを測るAnholt系の指数で1位に立ち、観光業も追加で約3億ユーロの収入を得たとされる。大会期間の消費ではなく、その後に残る国のイメージこそが本当の戦利品だった。
日本自身の経験も教訓になる。日韓2002では、日本はスタジアムや関連インフラの整備に多額を投じ、各地に会場を設けた。その後をたどると、明暗が分かれている。日本の会場の多くは、横浜国際総合競技場のようにJリーグのクラブや代表戦の舞台として使われ続け、いまも稼働している。一方で、明確な使い手のいない一部の大型・遠隔地のスタジアムは、維持費が利用価値を上回り、自治体の補助に頼る施設になった(この問題は韓国側でより深刻だった)。同じ大会の施設でも、大会後の使い手をあらかじめ設計できたかどうかが明暗を分けたのだ。
ここから導ける教訓は「レガシーは初日から設計する」に尽きる。1984年のロサンゼルス五輪が黒字を出せたのは、新設をできるだけ避け既存施設を活用したからだ。仮設で対応し大会後に撤去する、既存インフラを活用する、という発想が「白い象」を防ぐ。OECDも、事前にベースライン(基準値)を設定し事後評価まで行うことが、効果を正確に測る前提だと指摘している。
この教訓は、いまの日本に直接効く。大阪・関西万博のあと、日本は国際的なスポーツ大会やMICE(国際会議・展示会)の誘致を成長戦略に据えている。そのとき旗印に使われるのは、たいてい「経済波及効果◯◯億円」という事前試算だ。だがW杯2026が示すのは、競うべきは試算の桁ではないということである。大会後にどんな客足・人材・施設・ブランドが地域に残るか。それを誘致の時点で設計図として描けるかどうかが、成否を分ける。
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大型イベント誘致の成否は、試算の大きさではなくレガシーの設計で決まる。409億ドルという数字は強力な広報材料だが、ブラジルでは経済効果が、南アフリカでは来訪者数が、事前の期待を下回った。今回も米国側ホテルの約8割が「予約は予測未満」と答えている。日本が万博後に国際大会やMICEを呼ぶなら、競うべきは試算の桁ではない。大会後にどんな客足・人材・施設・ブランドが残るかを、誘致の時点で設計図として示せるかどうかだ。
<出典>
- 「FIFA-WTO study estimates USD 47 billion economic output from FIFA Club World Cup, USD 40.9 billion from FIFA World Cup 26」(FIFA)
- 「FIFA World Cup 2026 – Socioeconomic impact analysis」(FIFA)
- 「Projected Economic Impact of FIFA World Cup 26, County of Los Angeles」(Micronomics)
- 「New Report Warns World Cup Hotel Boom May Fall Short of Expectations」(米ホテル・宿泊協会(AHLA))
- 「FIFA Promised a World Cup Economic Boom, But U.S. Stands May Be Emptier Than Usual」(Council on Foreign Relations)
- 「Major events as catalysts for tourism」(OECD)


