宿泊・飲食業の賃金、16業種で最下位 人手不足は世界でも最深刻に

Photo: Julien / Unsplash
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観光産業の人手不足が語られるとき、その根にある一つの事実はあまり正面から語られない。宿泊や飲食を含む産業分類の賃金が、産業の大分類で最も低い水準にあるという事実だ。

厚生労働省の令和7年賃金構造基本統計調査によると、「宿泊業、飲食サービス業」の所定内給与額は月27万7,200円だった。これは日本標準産業分類に基づく16の産業大分類のなかで最も低い。全産業平均の34万600円を6万円あまり下回り、最も高い電気・ガス・熱供給・水道業(44万4,000円)とは16万円以上の開きがある。次いで高いのは学術研究、専門・技術サービス業の44万300円だ。

この統計は宿泊業と飲食サービス業を一つにまとめた区分で、宿泊業だけを取り出した数字ではない。それでも、観光の現場を支える宿泊・飲食の働き手が、賃金の最も高い産業のおよそ6割という水準に置かれていることは確かだ。

図1 宿泊・飲食の所定内給与は16業種で最も低い(産業別の所定内給与額・2025年・月27万7200円)
この図表のデータを見る
産業所定内給与額(千円)
電気・ガス・熱供給・水道業444.0
学術研究・専門技術サービス業440.3
金融業・保険業437.0
情報通信業406.0
鉱業・採石業・砂利採取業388.3
教育・学習支援業379.4
建設業366.3
不動産業・物品賃貸業360.1
卸売業・小売業349.1
製造業330.0
複合サービス事業319.0
医療・福祉315.7
運輸業・郵便業312.7
生活関連サービス業・娯楽業295.2
サービス業(他に分類されないもの)284.9
宿泊業・飲食サービス業277.2
全産業計340.6

厚生労働省「令和7年賃金構造基本統計調査の概況」第5-1表(男女計・年齢計)。単位=千円(月額・所定内給与額)。図は主な業種を抜粋、表は全16大産業を収録。

目次

人の出入りが激しい高回転の構造

賃金の低さは、人材の定着の悪さと同じ産業で重なっている。厚労省の令和6年雇用動向調査では、「宿泊業、飲食サービス業」の離職率は25.1%に達した。なかでもパートタイム労働者は、入職率33.3%・離職率29.9%がともに16産業のなかで最も高い。

つまり、この産業はパートを中心に人が次々と入り、同じだけ抜けていく。採用を続けても手元に人が積み上がりにくい「高回転」の構造を抱えている。低い賃金と高い離職率がどちらも最下位・最高水準で並ぶ事実は、賃金がより条件のよい仕事への流出を後押ししている可能性をうかがわせる。

なぜ採れないのか、地方ほど深刻に

現場の感覚も統計に表れている。観光庁の令和6年度 宿泊業の人材確保・育成の状況に関する実態調査では、人手不足の理由として「求人に対する応募がない」を挙げる事業者が多く、旅館で61.8%、ビジネスホテルで61.7%、シティ・リゾートホテルでは77.5%に上る。賃金や条件で競り負ける前に、そもそも応募が集まらない段階でつまずいている事業者が多い。

不足感は都市と地方でも差がある。「特に人手不足を感じていない」と答えた割合は、三大都市圏の10.3%に対し、地方部では4.6%にとどまった。人口が減り、働き手の母数そのものが細る地方ほど、宿泊業の人手不足は重くのしかかる。

こうした人手不足は、採用担当の悩みにとどまらず、宿の受け入れ能力そのものを左右する経営課題になりつつある。

世界のなかでも最も深刻

この構図は日本だけのものではないが、深刻さの度合いは際立つ。世界旅行ツーリズム協議会(WTTC)は、日本の旅行・観光部門で2035年に労働力の供給が需要を約29%下回ると推計しているこれは同協議会が調査した20の経済圏のなかで最も大きな不足幅で、ギリシャ(マイナス27%)やドイツ(マイナス26%)を上回る。

国内に目を戻せば、人手不足は観光だけの問題ではない。パーソル総合研究所は「労働市場の未来推計2035」で、2035年に1日あたり1,775万時間(働き手にして384万人相当)の労働力が不足すると見込む。日本全体が働き手の減少に向かうなかで、賃金が最も低い「宿泊業、飲食サービス業」は、限られた人材をめぐる競争で不利な側に立たされている。

賃上げで人が定着した現場

賃金の低さが人を遠ざけるなら、逆もまた起きる。賃上げで採用と定着を立て直した現場は、国内外にある。

神奈川県・鶴巻温泉の旅館「元湯陣屋」は、その代表例だ。2009年に経営を引き継いだ当初は売上2億9,000万円・EBITDA6,000万円の赤字という廃業の危機にあった。予約や顧客情報を一元管理する自社システム「陣屋コネクト」で業務を効率化し、休館日を週2日、のちに週3日へと増やしながら、2017年には大幅な賃上げに踏み切った。その結果、かつて33%だった離職率は3〜4%まで下がった。生産性を上げて賃金の原資を生み、その賃金が人を定着させる循環ができている。

海外では、米ラスベガスの調理員組合(Culinary Union)の例がある。2023年にMGMリゾーツやシーザーズなど大手ホテルと結んだ新しい労働協約では、初年度10%・5年間で32%の賃上げが決まり、福利厚生を含む平均時給はおよそ28ドルから37ドルへ上がる見通しだ。組合は1993年設立の職業訓練校「Culinary Academy of Las Vegas」で6万5,000人以上を無償で育て、未経験者の入職とキャリアアップを支えてきた。賃金と教育の両輪で、ホテルの仕事を地域の中間層が担う職として支えてきた。

あわせて読む 世界の観光人材の逼迫と、観光人材の全体像は、それぞれこちらで詳しく解説している。

明るいホテルのロビーに立つ名札を付けたスタッフの女性。観光人材・ホスピタリティのイメージ 観光人材の全体像 人手不足・給与・外国人材の現状

二つの事例に共通するのは、賃上げを単独の「コスト」として呑むのではなく、生産性向上や人材育成と一体で進めた点だ。

観光ビジネスの視点

人手不足はしばしば「採用難」として語られるが、宿泊・飲食の現場に関しては入口の話に閉じない。人が集まらず定着もしない現状の根には、賃金が16業種で最下位という構造的な課題があると編集部はみている。

採用手法の工夫や外国人材の活用は、目の前の穴を埋める手立てにはなる。だが、賃金が産業のなかで最も低いという位置が変わらない限り、採っても抜ける高回転は止まりにくい。

足元では、宿泊単価の上昇やインバウンド需要を背景に、賃上げの余地を探る動きも出ている。問われているのは、上がった売上を設備や利益だけでなく、どれだけ賃金に回せるかだ。観光を「働きたい産業」に変えられるかどうかは、この一点にかかっている。

<出典>

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