高付加価値旅行者「2%で消費の2割」とは
訪日旅行者のうち、1回の旅行で1人あたり100万円以上を日本国内で使う層を、観光庁とJNTOは「高付加価値旅行者」と呼ぶ。この100万円は国際航空運賃を含まない着地消費額で、年間の支出額ではない。
JNTOの最新の市場規模調査(対象は2023年)によると、この層は訪日旅行者全体の約2%(約59万人)にとどまる。一方で消費額では約2割・およそ1兆円を占める。少数の旅行者が消費全体を大きく押し上げている。
これらはカード決済データなどに基づく推計で、実測の単純集計ではない。調査は中国・米国・台湾など10市場を個別に精査し、それ以外の市場(2019年調査対象の残り14市場)は平均的な伸び率などで補っている。数字は目安として読む必要がある。
1人あたり平均170万円、全体の約8倍
消費1兆円を59万人で割ると、高付加価値旅行者は1回の旅行で1人平均およそ170万円を日本で使っている計算になる(編集部試算)。訪日客全体の1人あたり旅行支出は2023年で約21万円(一般客・確報値)だから、その約8倍にあたる。ただし両者は調査手法が異なるため、厳密な比較ではなく目安である。100万円は定義上の下限にすぎず、実際の平均はそれを大きく上回る。
さらに高額な旅程もある。JTBとANAは2024年、定期便のない宮古島と女満別をプライベートジェットでつなぐ富裕層向け商品を9名限定で売り出した。テレビ東京の経済番組『ガイアの夜明け』(2025年12月放送)では、Japan Ticketが企画した北海道3泊4日のプライベートジェットツアーが1人280万円で紹介されている。
あわせて読む 富裕層の若者像と、訪日市場の全体像は、それぞれこちらで詳しく解説している。
インバウンドとは 9.5兆円市場を3つの数字で読む
中国・米国・台湾が上位、求めるのは「旅行の意味」
2023年の市場別シェアでは、消費額は中国が23.0%で最も大きく、米国16.3%、台湾13.1%と続く。旅行者数の順位も同じだ。ただしJNTOは、求める旅のかたちは市場の違いより年代の違いの方が大きいと指摘する。近年はアジアの若い訪日客に高付加価値旅行者が増え、年齢が下がるほど多様な体験を求める傾向が確認されている。一方、日本になじみの薄い欧米豪などの遠距離市場は、旅行会社を通じて手配する割合が高い。
何にお金を払っているのかをみると、単なる高額消費とは違う。JNTOは、高付加価値旅行者が「旅行する意味」を強く求めると説明する。学びや自分の変化につながる体験という利己的な動機に加え、訪問先の環境や文化の継承に貢献したいという利他的な動機を併せ持つ。サステナブルな旅やリジェネラティブな旅への関心は、とくに若い層で高い。
そのため、完成された見栄えや表面的な演出では満足せず、その背景にある物語や成り立ちを知りたがる。なぜこの土地でこの文化が生まれ、誰が受け継いできたのか。それを地域の担い手から直接聞き、体験することに価値を見いだす。こうした旅には、地域を熟知した人材によるコンサルティングや特別な手配が要る。結果として、上質な宿泊・食・専門ガイド・個別手配といった費目が高単価化の要素になる。鹿児島で民間企業(合同会社GOTOKU)が文化庁の事業で造成した「Samurai of Culture」のように、点在する武家文化の素材を一つの物語につなぎ、文化の継承者に正当な対価を払う形にしたコンテンツが、地方へ足を向ける動機になり得る。
全国の文脈 消費はどこに落ちているか
課題は、その消費が全国に行き渡っていない点にある。 外国人の延べ宿泊者数は約7割が三大都市圏に集中し、地方部は約3割にとどまる(2023年・延べ宿泊者数ベース)。都道府県別の訪日消費額でも、東京・大阪・京都が突出する。
ただし、高付加価値層「だけ」を取り出した大都市と地方の消費配分を示す精密な数値は、公開資料では確認できない。観光庁も「大都市圏が大半で地方への消費は少ない」と定性的に述べるにとどまる。三大都市圏への偏りは訪日客全体の傾向であり、高付加価値層に固有の数字として断定はできない点は区別しておきたい。
政府は2026年3月に閣議決定した第5次観光立国推進基本計画で、2030年に訪日6,000万人・消費15兆円を掲げた。あわせて旅行消費単価をまず25万円に引き上げ、地方部の延べ宿泊者数を1.3億人泊として三大都市圏と同水準(1対1)にする目標を置く。少数の高単価層をどこまで地方に呼び込めるかが、計画達成の鍵を握る。
あわせて読む 政府が掲げる観光立国の目標は、こちらで詳しく解説している。
観光立国推進基本計画とは?訪日6000万人・消費額15兆円に向けた国の観光戦略
だからどうするか 地方の受け皿づくり
ではどうすれば地方に呼び込めるのか。観光庁の「地方における高付加価値なインバウンド観光地づくりに向けたアクションプラン」(以下、アクションプラン)は、課題を「ウリ・ヤド・ヒト・コネ・アシ」の5点で整理している。
「ウリ」は地域ならではの体験コンテンツ、「ヤド」は地域の物語を感じられる上質な宿泊施設だ。アクションプランでは、地方でこの上質な宿が不足していることが課題として挙げられている。優れた体験があっても、受け止める宿がなければ長期滞在につなげにくい。「ヒト」は地方で不足する人材面の課題で、文化的な背景まで含めて価値を伝えられるガイドや、観光地づくりを担う人材などが論点になる。
見落とされやすいのが「コネ」、すなわち流通・販路である。魅力的なコンテンツをつくっても、海外の旅行会社やDMC(現地手配を担う旅行会社)につながらなければ送客には結びつかない。とくに欧米豪などの遠距離市場は旅行会社経由で手配する傾向が強い。地元の旅行会社や観光協会が海外側との接点を担う体制づくりが、コンテンツと並ぶ課題になる。そして5つ目の「アシ」は、空港からの二次交通など地方での移動の利便性だ。点在する魅力をつなぐ足がなければ、上質な体験も一日で完結してしまう。

結局、施設や体験を一つ磨くだけでは足りない。編集部の見方では、この5つを個別の施策で終わらせず、旅行者の体験全体として一続きに設計できるかが、地方の宿題になる。
「2%が消費の2割」は、高付加価値層の獲得を正当化する数字として使いやすい。だが本当の論点は、その消費を東京・大阪・京都の外へどう動かすかにある。高単価の旅行者ほど移動の手間や言語・決済の不便を嫌い、整った都市に滞在が偏りやすい。地方が取りに行くなら、上質な宿と語れるガイド、そして海外の旅行会社へつなぐ販路までをひとそろいで用意する必要がある。2%という入口の数字より、その先の受け皿づくりこそが地方の宿題だ。
<出典>
- JNTO「高付加価値旅行市場規模調査」/「別紙PDF」
- 観光庁「訪日外国人消費動向調査 2023年年間値(確報)」
- 観光庁「高付加価値旅行」
- 観光庁「地方における高付加価値なインバウンド観光地づくりに向けたアクションプラン」
- 観光庁「令和6年版観光白書 概要版PDF」
- 観光庁「『観光立国推進基本計画』を閣議決定」
- JTB「ANAとJTBが共に進める富裕層向け共創事業」


