ロサンゼルスの抹茶専門店では、抹茶ラテが一杯最低10ドル、家庭用の粉末が20グラムで25〜150ドルで売られていた。日本産の抹茶をめぐる需要が、急速に高まっている。
ところが同じ時期、その抹茶を生む日本の茶業では、製茶業の休廃業・解散が過去最多を更新した。世界がこれだけ沸けば産地も潤うはずだ。そう思いたくなるが、話はそう単純ではない。緑茶の輸出額が倍増する一方で、製茶業の休廃業・解散もまた増えている。いくつかの資料からこの距離の背景をたどりつつ、ブームを一過性で終わらせないために何が要るのかを考えてみたい。
世界は抹茶に沸いている
まず、熱狂は数字にもはっきり出ている。JETROがまとめた緑茶輸出の統計によると、2024年の緑茶の輸出額は363.8億円と過去最高を更新した。財務省の貿易統計を見ると2025年はさらに伸び、約721億円と前年からほぼ倍増している。輸出量も12,612トンと、前年の約1.4倍だ。政府が金額ベースで掲げた2025年の輸出目標312億円は、もう前倒しで達成されている。
この伸びを支えているのが、抹茶を含む「粉末状緑茶」だ。農林中金総合研究所のレポートによると、粉末状緑茶の輸出は、2020年の2,375トンから2025年の8,718トンへと、5年で3.7倍に増えた。ただ、ひとつ気をつけたい。貿易統計の区分は「粉末状緑茶」であって「抹茶」ではない。抹茶以外の粉末茶も混じった数字で、そのまま抹茶の量とは読めない。この統計だけでは、抹茶単独の輸出量はつかめない。この点は、あとで効いてくる。
品薄ぶりは、数字よりも現場のほうに色濃く出ている。ロサンゼルスの抹茶専門店ケトル・ティーでは、2025年6月の時点で、そろえた25種類のうち21種類が品切れだった。一杯は最低10ドル、持ち帰りの粉末は20グラムで25〜150ドルする。スターバックスの抹茶メニューまで含めれば、抹茶は海外のカフェや大手チェーンのメニューにも広がっている。
後押ししたのはSNSだ、との見方もある。実際、インフルエンサー発のブランドが伸びた事例はある。フランス出身で23歳のアンディ・エラさんは、YouTubeに60万人超のフォロワーを抱え、2023年11月に立ち上げた自分の抹茶ブランドで13万3000缶を売り、原宿にパステルピンクのポップアップまで出した。「子どもたちが抹茶に夢中で、最高の一杯を探すのが私の使命になった」。そう話すオーストラリアからの旅行者もいる。
熱は、国内の売り場や生産の現場にもにじむ。東京・築地の老舗販売店、寿月堂は、転売が疑われる客への大量販売を断るようになった。埼玉・狭山で15代続く茶農家の奥富正博さんは、ホームページに「抹茶の注文はもう受け付けていない」と書かざるをえなかった。
だが産地では、過去最多の休廃業
その熱狂の裏で、退出が静かに進んでいる。帝国データバンクの調査によると、2025年の製茶業の休廃業・解散は13件で、集計を始めた2000年以降で最多となった。倒産1件を合わせると、計14の製茶業者が市場から姿を消したことになる。
ここは言葉を正確にしておきたい。過去最多なのは「茶農家」の廃業ではなく、「製茶業」という企業の休廃業・解散だ。農家、産地、製茶業者はひとまとめに語られがちだが、数として確認できているのは製茶業の分である。
担い手も細ってきた。農林中金総合研究所の集計では、茶づくりを担う中心的な働き手(基幹的農業従事者)は、2010年の25,043人から2020年の11,644人へと、10年で約54%減った。摘んだ生葉を蒸して乾かす荒茶(仕上げて製品になる一次加工品)の工場も、2014年の5,466カ所から2024年には3,519カ所へと、35.6%減っている。ブームが来る前から、日本茶の土台はずっと縮んできていた。
データを表で見る
| 指標 | 前の時点 | 直近 | 変化 |
|---|---|---|---|
| 緑茶の輸出額 | 363.8億円(2024年) | 約721億円(2025年) | +98% |
| 粉末状緑茶の輸出量 | 2,375トン(2020年) | 8,718トン(2025年) | 3.7倍 |
| 製茶業の休廃業・解散 | — | 13件(2025年) | 2000年以降で最多 |
| 茶の担い手(基幹的農業従事者数) | 25,043人(2010年) | 11,644人(2020年) | −54% |
| 荒茶工場数 | 5,466カ所(2014年) | 3,519カ所(2024年) | −35.6% |
ブームの果実はなぜ広がらないのか
輸出は伸び、需要も熱い。それでも退出は止まらない。カギは、ブームの果実が業界に一様には届いていない点にある。
同じ製茶業のなかで、明暗が分かれている。帝国データバンクが2024年度の製茶業約300社の損益を調べたところ、増益は42.7%だったのに対し、減益と赤字を合わせると54.8%にのぼった。おおよそ半々に割れている。この差の背景には、抹茶とその原料である碾茶(てんちゃ。覆いをかけて育て、挽けば抹茶になる茶葉)に対応できたかどうかがあるとみられる。碾茶に乗れた事業者はブームの追い風を受け、煎茶を中心にやってきた事業者は、原料高と需要低迷の板挟みになりやすい。
なぜ煎茶側が苦しいのか。原料の単価差が、その一端を示している。2024年の荒茶単価は、碾茶が1キロあたり3,278円と、煎茶の1,197円の2.7倍にのぼった。碾茶がこれだけ高く売れれば、生葉は碾茶へ向かいやすく、煎茶向けの原料は取り合いになりやすい。実際、帝国データバンクは、抹茶人気の裏で煎茶原料の生葉確保が難しくなり、仕入れ値も上がっていると指摘する。とりわけ価格転嫁の難しい中小の製茶業者ほど、その負担は重い。
では碾茶に切り替えればいいかというと、そう簡単でもない。参議院調査室の資料によると、碾茶の生産量は2024年に5,336トンと、この10年で約2.7倍に増えた。それでも、抹茶の需要の伸びに国内の供給が追いついていない。増産は進むが、煎茶向けの設備を碾茶向けに変えるには大きなお金がかかる。ある業界セッションの登壇者は、小さな施設でも転換に約1億円かかると話していた。長く縮む市場のなかで立て直しを続けてきた事業者にとって、この初期投資の壁は高い。
つまり、ブームは来た。だが、それを収益に変えられるかどうかは、設備投資や原料調達に手が届くかどうかで大きく変わってくる。
ブームを「文化」にできるか
もうひとつ、ブームが急ぐほど見えにくくなる話がある。そもそも、何をもって「抹茶」と呼ぶのか、である。
さきほど触れたように、貿易統計の「粉末状緑茶」には、碾茶からつくる抹茶以外の粉末茶も含まれる。海外で「マッチャ」として売られるものの中身が、日本で昔から親しまれてきた抹茶とどこまで重なるのかは、統計の区分からは見えない。だからといって「本物でない抹茶が出回りはじめた」と決めつけるのは、行政の調査や違反の事例がない以上、行きすぎだろう。ただ、需要が供給を上回り、値段が跳ね上がる場面では、名前と中身の距離は広がりやすい。実際、業界でも、抹茶の定義や表示をめぐる懸念は示されている。抹茶の定義と表示をどう守るかは、ブームの信頼を左右する宿題として残っている。
流行は速く、生産の立て直しは遅い。この速度差を埋められるかどうかが、ブームを一過性のバブルで終わらせるか、根づいた「文化」に育てるかの分かれ目になる。碾茶を安定して供給できる体制、担い手の確保、そして名前と品質への信頼。ブームが根づくかどうかは、こうした地味な土台を築けるかにかかっている。
あわせて読む 食を目的にした旅の考え方と、地域の食を地元で回す取り組みは、それぞれ別の記事で扱っている。
観光は、この抹茶ブームの「入口」のひとつになりうる。京都で抹茶を点て、写真に撮り、帰国してからもその味を探す。そんな訪日客の体験が、帰国後の購入や発信につながる可能性はある。
だとすれば、その関心を消費地の一杯で終わらせず、茶畑や製茶の現場への送客、産地と関わり続ける関係人口づくりへとつなげたい。抹茶を土産物として売り切るのか、それとも産地・生産者・体験を束ねて地域に果実を落とす回路にするのか。茶畑見学や製茶体験を造成するなら、地域の受入能力を踏まえ、生産者にも利益が還元される設計まで含めて考えたい。ブームを一時の流行で終わらせず文化に育てる仕事には、観光の側も関わっている。
出典
- 食品産業新聞社ニュースWEB「緑茶輸出、2025年は前年比約2倍の720億円規模に」(財務省貿易統計)
- ARAB NEWS「Japan’s matcha boom brews trouble for farmers」(AFP配信)
- ソーシャス/Yunomi Life「抹茶をめぐる Strategy Dialogue レポート」




