「食べる」だけで終わらせず、地域の食文化を来訪理由と滞在消費につなげる設計。それがガストロノミーツーリズムだ。2025年のインバウンド消費動向調査(観光庁)では、滞在中に「日本食を食べること」を実施した人が98.2%にのぼった。
食べること自体は、もはやほとんどの訪日客が経験している。一方でガストロノミーツーリズムは、食事だけでなく、生産者の訪問や料理教室など、その土地の食文化に触れる体験までを含む考え方だ。
同じ食材でも、単品グルメの発信にとどめるか、生産から体験までを束ねて「その土地でしか味わえない理由」に仕立てるか。その設計の違いが、地域に残る消費を左右する。本記事では、ガストロノミーの定義を整理したうえで、「うちの地域の食は観光資源になるのか」を見極めるための判断軸と、国の事業・地域の事例を解説する。
この記事のポイント
- ガストロノミーツーリズムは、その土地の食材・歴史・文化と結びついた食を「知る・作る・味わう」体験まで含む観光。単なる外食とは区別される。
- 訪日客の98.2%が「日本食を食べること」を実施し、次回意向も70.7%と高い。一方で飲食費は消費額の21.9%・1人約5万円で、地域が食でどれだけ稼げるかは別の問題だ。
- 観光庁はUN Tourismのガイドラインを踏まえ、「軸となる食」「特別な体験」「持続的な体制」の3要素で地域の取り組みを整理している。
- 国は2023〜2025年度に全国25地域を支援。2026年度は別事業に「分野特化型(ガストロノミー)」の支援枠が設けられ、一次公募で15件が採択された。
- 判断の物差しは「単品グルメの発信か、生産〜体験を束ねる設計か」。何が揃えば食が来訪理由になるかを先に決めることが出発点になる。
ガストロノミーツーリズムとは 食を「体験」まで広げた観光
ガストロノミーツーリズムとは、その土地の気候風土が育んだ食を楽しみ、食文化に触れることを目的にした旅行を指す。
観光庁はこれを「その土地の気候風土が生んだ食材・習慣・伝統・歴史などによって育まれた食を楽しみ、食文化に触れることを目的としたツーリズム」と定義している。「ガストロノミー」という言葉はもともと、私たちが何をどのように食べるかについての知識の体系を指す。
国連の観光専門機関であるUN Tourism(旧UNWTO)は、これを食材の栽培・加工・流通・消費までを扱う学際的な知識の領域と説明する。
つまりガストロノミーとは「おいしいものを食べること」そのものではなく、食材がどこでどう作られ、どんな歴史や文化を背負って食卓に上るのかまで含めて味わう、という食のとらえ方だ。この考え方を旅行に当てはめたのがガストロノミーツーリズムである。
UN Tourismのガイドラインは、これを「地域特有の食文化を、知る、学ぶ、食べる、味わう、楽しむというコンセプト」と表現し、料理体験だけでなく、産地の訪問、食のフェスティバルへの参加、料理教室といった関連する活動まで含むとする。
ワインツーリズム(ブドウ園やワイナリーを訪ね、産地で味わい、買う旅)も、その一種と位置づけられている。
フードツーリズムとの違い
「フードツーリズム」とほぼ同義で使われるが、観光庁やUN Tourismの資料ではガストロノミーツーリズムという語が使われる。
フードツーリズムが「食を楽しむ旅行」全般を広く指すのに対し、ガストロノミーツーリズムは、その土地の食材・歴史・文化と結びついた食の背景まで含めて重視する文脈で使われることが多い。
実務上も、国や自治体の支援事業には「ガストロノミー」を掲げるものがあり、制度を使う側はこの語で情報を追うと拾いやすい。大事なのは、この違いが単なる言葉の問題ではないことだ。食を「食べて満足する消費」でなく「その土地を知る体験」としてとらえ直すと、関わりうる担い手は飲食店だけでなく、生産者・宿・酒蔵・観光施設にも広がる。
UN Tourismは、ガストロノミーツーリズムのバリューチェーンが、生産者(農業・漁業)から加工業者、レストランや宿などのサービス事業者、小売・販売、さらに情報発信の産業までを含むと整理している。
食が「食卓やレストランを超えて広がってきた」ため、地域の多くの担い手が関わるテーマになっている。
なぜ今、食が「目的」になるのか
食を観光に生かそうという動きは、いま追い風のなかにある。理由は市場・政策・国際潮流の3方向から確かめられる。第一に市場だ。
2025年の訪日外国人は年間4,268万人と過去最高を更新し、旅行消費額は9兆4,549億円に達した。このうち飲食費は2兆688億円で、費目別では宿泊費(36.6%)・買物代(27.0%)に次ぐ第3位、構成比は21.9%だ。
一般客1人当たりでみると飲食費は約5万円で、前年より飲食費の構成比はわずかに高まった。国籍別では中国(4,145億円)、韓国(2,701億円)、台湾(2,614億円)、米国(2,292億円)が飲食費の上位を占める。
なお、この飲食費は外食や買い食いを含む滞在中の食支出全般であり、ガストロノミーツーリズム固有の市場規模を切り出したものではない。日本食を食べる行動は、訪日客に広く行き渡っている。
観光庁のインバウンド消費動向調査(2025年)では、訪日中に「日本食を食べること」を実施した人は98.2%と最も多く、「次回したいこと」でも70.7%で首位、実施した人の満足度は95.2%だった。
日本食を「食べること」自体は、いまや訪日客のほぼ全員が経験し満足度も高い。裏を返せば、食べてもらうだけでは他地域との差がつきにくくなっている。ただし、この数字はあくまで「訪日中に日本食を食べたか」を尋ねたもので、生産者訪問や料理教室といった体験型の満足度を測ったものではないし、食が旅の主目的だったかも分からない。
食への関心が高いことと、地域が食で稼げていることは、別の問題だ。
第二に政策だ。観光庁は第4次観光立国推進基本計画(2023年)でガストロノミーツーリズムの推進を掲げて以降、専用の推進事業を続けてきた。
2026年3月に閣議決定された第5次計画は、「食の観光活用」の項目でガストロノミーツーリズムの推進を明記し、質の高い観光コンテンツづくりや体制構築を支援するとした。
同計画は、インバウンドの食関連消費と農林水産物・食品の輸出を結びつけ、「相乗効果の発揮」を図るとも述べている。実際、2025年の農林水産物・食品の輸出額は1兆7,005億円(前年比+12.8%)と13年連続で過去最高を更新している。
第三に国際的な潮流だ。UN Tourismは食と観光をテーマにした世界フォーラムを重ねており、2022年12月には奈良県で第7回が日本初開催され、約30か国から450人以上が現地参加した。
2024年にはバーレーンで第9回(本体は11月18〜19日)が中東で初めて開かれた。第10回は2026年にフィリピンでの開催が決まっている(開催都市・日程は現時点で公表されていない)。
国内でも、山形県鶴岡市が2014年に日本で初めてユネスコ創造都市ネットワークの「食文化」分野に認定され、2021年には大分県臼杵市が続いた。食を軸に地域を売り込む取り組みは、いまや国際的な評価の土俵に乗っている。
「食の目的地」は何でできているか
食を観光資源にできるかどうかは、一皿の魅力だけでは決まらない。UN Tourismが示すように、ガストロノミーツーリズムは生産から発信まで幅広い担い手が関わる。だから「食の目的地」になれるかどうかには、これらの担い手をどれだけ束ねられるかが大きく関わる。
ここで、地域の食の売り方を大きく2つに分けて整理してみる。一つは「単品グルメの発信」、もう一つは「生産から体験までを束ねる設計」だ。前者は、ご当地グルメや名物料理を看板にして集客する売り方で、取り組みやすい半面、同じ料理が別の土地でも食べられれば置き換えられてしまう。
後者は、その食材が誰によってどう作られ、どんな歴史を背負っているのかという背景まで含めて体験にする売り方で、「ここでしか味わえない理由」を作りやすい。観光庁は、UN Tourismのガイドラインを踏まえ、地域の計画づくりと評価に使える要素を次の3つに整理している。
- 軸となる食の開発:その地域ならではの食材・料理・食文化を掘り起こし、旅の核になる食を定める。
- 特別な体験の造成・提供:生産現場の訪問、料理教室、生産者との交流など、食を「体験」に仕立てる。
- 持続的な推進を踏まえた体制づくり:一過性のイベントで終わらせず、生産者・飲食店・宿・行政が続けられる運営の形を作る。
この3つは、次章で見るように「うちの地域の食は観光資源になるのか」を自己診断するときの判断軸として使える。逆にいえば、この3つを確かめておくと、商品づくりだけでなく、運営や続け方まで含めて課題を見つけやすい。
3要素で「食の目的地」を診断する
前章の3要素は、そのまま地域の準備状況を確かめるチェックリストになる。それぞれで問うべきことと、つまずきやすい点を整理する。
| 要素 | 問うべきこと | よくあるつまずき |
|---|---|---|
| ①軸となる食 | この土地でしか味わえない食は何か。背景(風土・歴史)を語れるか | 名物はあるが、背景の物語が語れない |
| ②特別な体験 | 食を「見る・作る・知る」体験に仕立てられているか | 食事の提供どまりで、体験化されていない |
| ③持続的な体制 | 生産者・飲食店・宿・行政が続けられる運営になっているか | 補助金の期間だけで途切れる |
まず軸となる食では、「この土地でしか味わえない食は何か」を突き詰める。ここで効くのが、食の背景を語れるかどうかだ。たとえば鶴岡市は、多様な地形が生んだ在来作物や、400年以上続く食文化の歴史がユネスコに評価された。
名物料理があること以上に、その食の背景を物語として語れるかどうかが、体験の「その土地でしか得られなさ」を左右する。次に特別な体験では、食を「食べる」から「見る・作る・知る」へ広げられているかを問う。産地の訪問、料理教室、生産者との交流といった体験は、食に関心の高い層と相性がよい。
UN Tourismは、こうした旅行者を「平均以上の消費をし、本物に価値を置き、画一性を好まない」層と描き、増えているとする。ただしUN Tourism自身、国際比較の標準的な定義や統計はまだ整っていないと断っており、その規模を数字で示せる段階ではない。
最後に持続的な体制では、取り組みが一過性で終わらない運営になっているかを確かめる。ここも大きな課題になりやすい。食のイベントは単発なら打ちやすいが、生産者・飲食店・宿・行政がそれぞれの都合を超えて続けられる仕組みがなければ、補助事業の期間が終わったあとに続かないおそれがある。
次章で見る国の事業も、この「続ける体制」と効果の測定を重視している。
国の事業と地域の事例で検証する
考え方だけでは絵に描いた餅になる。実際に国がどう支援し、地域がどんな成果を出しているのかを、一次の資料で確かめる。観光庁は2023年度から、地域が一体でガストロノミーツーリズムに取り組む事業を支援してきた。
2023年度は13地域、2024年度・2025年度はそれぞれ6地域が調査事業に採択され、観光庁はこれを3か年・全国25地域の取組として位置づけている。
採択地域には、余市町(北海道)、鶴岡(山形・DEGAM鶴岡ツーリズムビューロー)、神戸、三方五湖(福井)、下関(山口)、五島列島(長崎)などが並ぶ。この3か年の取組は2026年3月に成果報告会を開いて一区切りとなった。
2026年度は別事業「観光需要分散のための地域観光資源のコンテンツ化促進事業」が立ち上がり、その分野特化型の一分野として「ガストロノミー」の支援枠が設けられ、一次公募で15件が採択された(事業全体では申請853件・採択373件、うちガストロノミーは15件)。
事業の枠組みは変わっても、食を軸にした地域づくりへの国の支援は続いている。この事業で注目したいのは、効果の測り方だ。
観光庁は成果事例集のなかで、取り組みの効果を「インプット指標(計画の進捗)」「アウトプット指標(達成度の評価)」「影響指標(雇用数など地域への影響)」の3層で設定するよう促し、採択地域には具体的な成果目標(KPI)を必ず測定させている。
たとえば久慈市(岩手)は観光客の着地消費額を2倍に、宮津市(京都)はインバウンド宿泊客数を2025年度に10万人(約1.8倍)にするという目標を掲げた。
これらは達成された実績ではなく、掲げられた目標値だ(基準となる年次や数値は事例集に明記されていない)。それでも、来客数だけでなく消費額や雇用も指標に据えて成否を測ろうとする姿勢は、地域が自分の取り組みを検証するときの参考になる。事例の数字も出てきている。
観光庁が公表した国内外の事例集では、三重県の中南勢エリアで宿泊者1人当たりの観光消費額が29,198円(2024年)、北海道・十勝の屋台街「北の屋台」で2024年度の売上3.7億円・来場者10.5万人といった数値が示されている。国以外の枠組みも、食による地域づくりを後押ししている。
農林水産省のSAVOR JAPAN(農泊 食文化海外発信地域)は、地域の食と、それを生む農林水産業を核に訪日客を呼び込む取り組みを大臣が認定する制度で、現在45地域が認定されている。認定地域には、十勝、一関・平泉(もち食文化)、鶴岡などが並ぶ。
なお、SAVOR JAPANの土台にある農泊は、認定地域に限らない全国の延べ宿泊者数が2024年度で867.6万人泊(実績)まで伸び、国は2029年度までに1,200万人泊へ広げる目標を掲げている。
また、温泉地を歩きながら食を楽しむ「ONSEN・ガストロノミーツーリズム」を進める一般社団法人ONSEN・ガストロノミーツーリズム推進機構には、100を超える自治体が会員として関わり、2025年3月には通算200回目の記念ウォーキングイベントが開かれた。
食を軸にした地域連携の枠組みは、観光庁の事業のほかにも、農林水産省の認定制度や民間団体の取り組みなど複数ある。
どこから始めるか
大がかりな投資がなくても、ガストロノミーの取り組みは始められる。順番を間違えないことが肝心だ。出発点は、前章の3要素のうち軸となる食の棚卸しだ。
自地域の食材・郷土料理・酒・生産者・季節の行事を洗い出し、「ここでしか味わえない理由」を言葉にする。棚卸し自体は、大きな設備投資を伴わずに着手できることが多い。ただし、誰が旗を振り、生産者や飲食店をどう巻き込むかという合意形成には人手と時間がかかる。
次に、既存の食材や生産者を体験に束ね直す。蔵見学と試飲、生産者との食事、季節限定の特別メニューなどを別料金の商品として外付けする形なら、初期投資は比較的軽い。そのうえで、続けられる体制を整える。
生産者・飲食店・宿・行政が役割を分担し、効果を数字で測りながら重点を見直す運営が要る。国の支援を使いたい場合は、観光庁の分野特化型(ガストロノミー)の枠(2026年度は別事業のコンテンツ化促進事業に設置)や、農林水産省のSAVOR JAPANの認定制度がある。
SAVOR JAPANの2026年度の募集は、6月1日〜7月31日に実施された。小さく始めて、効いた体験と市場に資源を寄せていく。来客数だけでなく、食への支出額や満足度、参画事業者数といった複数の指標で進み具合を確かめたい。
あわせて読む 食を観光資源にする全体像と、受け入れ対応・地産地消の各論はこちらで解説している。
ガストロノミーツーリズムで大切なのは、日本食を食べてもらうことだけではない。訪日客の98.2%はすでに日本食を食べており、満足度も9割を超える。食べてもらうだけでは、地域の違いを出しにくい。
次に問われるのは、その一食を「その地域を訪れる理由」に変え、地域での消費につなげられるかだ。食材や料理を紹介するだけでなく、生産の背景や食文化、体験まで組み合わせることで、その土地で食べる意味が生まれる。観光庁が示す「軸となる食」「特別な体験」「持続的な体制」の3要素は、そのための目安になる。
名物の有無ではなく、食の背景を伝え、体験に変え、継続して提供できるかが重要になる。
よくある質問
出典
- 観光庁「ガストロノミーツーリズムの推進」
- UN Tourism(UNWTO)「ガストロノミーツーリズム発展のためのガイドライン(日本語版)」
- 観光庁「インバウンド消費動向調査 2025年暦年の調査結果(確報)」
- 観光庁「インバウンド消費動向調査 2025年 年次報告書」
- 観光庁「令和6年度 地域一体型ガストロノミーツーリズムの推進事業 成果事例集」
- 観光庁「令和8年度 観光需要分散のための地域観光資源のコンテンツ化促進事業(分野特化型・一次公募採択)」




