ハラールとは、イスラムの教えで「許されたもの」を指す言葉である。食では、豚やアルコールを避け、肉はイスラムの定める方法で処理されたものを選ぶ、といった戒律がある。インドネシアやマレーシアなど、ムスリム人口の多い国からの訪日客が増えるなか、飲食や宿泊の現場でもハラールへの対応をどう考えるかが問われ始めている。
ここで、まず押さえておきたいことがある。ハラール対応は「認証を取るか、取らないか」の二択ではない。 認証機関は世界に300以上あり、統一基準もない。大切なのは、自店で「できること・できないこと」を決め、旅行者に正直に伝えて選んでもらうことである。本記事は、訪日ムスリム客の受入れをどの水準でどう始め、どう伝えるかに絞り、ハラールの意味から認証制度、観光庁の対応類型、始め方までを公的資料をもとに解説する。
この記事のポイント
- ハラールは「許されたもの」の意。食では豚・アルコール・非ハラールの肉が避けられ、加工品の原材料まで確認が要る。
- ハラール認証に世界統一基準はなく、認証機関は世界に300以上。国内にも複数の団体があり、基準や海外での有効性は団体ごとに異なる。
- 観光庁は対応の度合いとして「認証取得」「ムスリムフレンドリー」「ノーポーク・ノーアルコール」を示す。どの水準でも共通して重要なのが「情報開示」である。
- 認証取得は必須ではない。まずは「できること・できないこと」を正直に開示し、旅行者が自分で選べる状態をつくることから始められる。
ハラールとは何か 認証の有無で語る前に
ハラールは、アラビア語で「許された行為・物」を意味する。反対に、禁じられた行為・物は「ハラム(ハラーム)」と呼ばれる。イスラムは唯一の神(アッラー)への服従を説く一神教で、神が定めた「人にとって良いもの=ハラール」「禁じられたもの=ハラム」という区分にそって、食事や日々の行いが営まれる。
ムスリム(イスラム教徒)は、世界人口の約4分の1を占めるとされる。世界的に見れば、決して特殊な存在ではない。食の戒律も、宗教の実践として日常に根づいたものである。
ここで多くの受入れ側が身構えるのが「ハラール認証」という言葉だろう。だが、対応を「認証を取るかどうか」から考え始めると、話は一気に難しくなる。実際には、認証取得はハラール対応の入口でも唯一のゴールでもない。
観光庁は、認証取得を含む複数の「対応の度合い」を示している。まず問うべきは「自店の客層とオペレーションで、どの水準まで対応し、どう伝えるか」である。 この記事は、その判断の物差しを渡すことを狙いとする。
なぜ今、ハラール対応が問われるのか
背景にあるのは、ムスリム人口の多い国からの訪日客の伸びである。日本政府観光局(JNTO)の集計をまとめたJETROによると、2025年の訪日客数はインドネシアが64万600人(前年比23.8%増)、マレーシアが63万6,600人(同25.6%増)に達した。訪日総数は4,268万3,600人(15.8%増)で、いずれも2025年は推計値である。
ただし、この数字はあくまで国籍・市場別の訪日外客数であって、ムスリム旅行者だけを数えた宗教別の統計ではない。インドネシアやマレーシアからの訪日客にも非ムスリムは含まれる。両国を合わせても訪日全体の3%ほどで、規模としてはまだ小さい。
それでも、両国の伸び率は訪日全体(15.8%増)を上回っている。宗教別の統計ではない以上、この数字だけで需要規模は測れないが、受入れを考えるうえで押さえておきたい変化ではある。
視野を世界に広げると、潮流はさらにはっきりする。米調査機関ピュー・リサーチ・センターによれば、世界のムスリム人口は2020年時点で約20億人、世界人口の25.6%を占め、2010年からの10年で3億4,700万人増えた。これは主要な宗教のなかで最も速い伸びである。
市場の規模感も押さえておきたい。調査会社ディナールスタンダードの「State of the Global Islamic Economy Report 2025/26」(2026年6月公表)が対象とするのは、食品・医薬品・化粧品・ファッション・旅行・メディア/娯楽の6分野である。これらを合わせたムスリムの消費支出は、2024年の約2兆6,000億ドルから2029年に約3兆5,600億ドルへ拡大すると予測されている。うちハラール食品は約1兆5,300億ドルから約2兆600億ドルへ、ムスリムフレンドリー旅行は約2,490億ドルから約4,240億ドルへ伸びるとの見立てである。これは民間調査による推計・予測である点に留意したい。
もっとも、こうした兆ドル単位の世界市場が、そのまま一軒の店に届くわけではない。受入れ側にとって意味を持つのは、この潮流が訪日客として自店の商圏にどれだけ現れるかである。
ハラールの中身 食で避けられるもの
対応を考える前に、そもそも何がハラールで何がそうでないかを押さえる必要がある。観光庁のガイドは、食で避けるべきものを具体的に挙げている。
第一に、豚肉と豚由来のものである。ベーコンやソーセージといった加工食品はもちろん、豚骨スープやラードなどのエキス・油脂も避けられる。第二に、酒である。イスラムの教えでは酩酊する酒(アルコール飲料)を口にすることは避けるべきとされ、多くのムスリムはみりんを含む酒類を口にしない。第三に、肉の処理方法である。イスラムの定める適切なと畜方法で処理された肉(ハラール肉)以外は、避けるべきとされる。
実務で見落としやすいのが、加工品の原材料である。乳化剤、ショートニング、ゼラチン、コラーゲンなどには豚由来の原料が使われている場合があり、原材料まで遡って確認する必要がある。「見た目には豚が入っていない料理」でも、成分次第で避けられることがある。 これが対応の勘所になる。
もう一つ、幅があることも知っておきたい。醤油などの調味料に微量に含まれるアルコールを避けるかどうかは、国・地域・個人によって見解が分かれる。観光庁のガイドも、微量のアルコールについて「口にしないムスリムもいる」「(避けるべきかは)意見が分かれる」と明記している。だからこそ、店側が「何をどう扱っているか」を伝え、相手に判断してもらう姿勢が要になる。
食以外にも配慮の対象はある。観光庁のガイドによれば、礼拝(サラート)は1日5回とされ、モスクや礼拝室(ムサッラ)、ホテルの自室などで行われる。夜明け前から日没まで断食するラマダーン月が約30日続く時期もある。食事と同じく、こうした生活習慣への目配りも受入れの一部となる。
対応の類型と、ハラール認証の仕組み
では、受入れ側はどこまで対応すればよいのか。観光庁のガイドは、食の「対応の度合い」として次の類型を示している。これらは投資額や難易度の順に並ぶ段階ではなく、事業者が客層と運用に応じて選ぶ選択肢として示されている。
一つは「ハラール認証取得」である。ハラール製品のみを扱い、キッチン・調理器具・食器を専用化し、イスラム教徒による管理を行うなど、定められた条件をすべて満たしたうえで、第三者機関の認証を受ける。もう一つは「ムスリムフレンドリー」で、ガイドは、食材はムスリム対応としつつ調理器具や食器を専用にする一方、アルコールの提供は続ける、といった一部対応の例を挙げている。そして「ノーポーク・ノーアルコール」は、豚・豚由来品を除き、酩酊する酒やアルコールを含むものを出さない取り組みを指す。
そして、これらのいずれの水準でも共通して欠かせないのが「情報開示」だ。ピクトグラムの掲示や自社ポリシーの策定などによって、対応の可否を旅行者が判断できるようにする。情報開示は「最も軽い対応」ではなく、どの対応水準にも敷かれる共通の土台である。
ここで、認証について一つ大きな前提を押さえておきたい。ハラール認証とは、宗教と食品衛生の専門家(ハラール認証機関)が食材や飲食店をハラールかどうか判断し、保証する制度である。ただし、世界統一基準は存在せず、認証機関は世界に300以上あるとされる。
これは国内でも同じで、認証機関は複数存在し、基準や海外での有効性は団体によって異なる。たとえば2024年には、インドネシアのハラール製品保証実施機関(BPJPH)が、日本の3機関、すなわち日本ハラール協会(JHA)、日本ムスリム協会(JMA)、ムスリム・プロフェッショナル・ジャパン協会(MPJA)と相互承認(MRA)を結んだ。
それ以前に相互承認を持っていたのは日本イスラーム文化センター(JIT)のみだった。この相互承認は、その団体の認証がインドネシアで有効とみなされるための取り決めであり、どこでも通用する万能の「お墨付き」ではない。
つまり、全世界で一律に通用する単一の認証や統一基準は存在しない。 相互承認も、輸出やその国での流通を想定するときに意味を持つ取り決めであって、国内で訪日客を迎えるだけなら特定団体の認証が要る、という話ではない。認証取得にかかる費用も、団体・認証対象・規模・審査範囲によって異なるため、検討する場合は各認証機関に個別に確認するのがよい。
制度は国によって違う インドネシアの義務化を例に
ハラール認証を任意とするか義務とするかは、国によって異なる。ここでは、制度が国ごとにどれだけ違うかを示す例として、インドネシアの動きを紹介する。
同国では、国内の中・大規模事業者が扱う飲食料品・飲食業について、2024年10月17日からハラール認証の取得と表示が義務づけられた。一方で、零細・小規模事業者(事業資本50億ルピア以下、または年間売上高150億ルピア以下)や輸入食品などについては、履行期限が2026年10月17日まで延長されている。対象や期限は事業者の区分・品目によって段階的に分かれ、関連規則の整備も続いている。
インドネシアの義務化は同国内の制度であり、日本国内の飲食店に義務が及ぶわけではない。 あくまで、認証を義務とする国もあれば任意の国もある、という制度の幅を知る例として押さえておけばよい。
どこから始めるか 「できることから」の順序
始め方の順序は、ここまでの整理から見えてくる。観光庁も「必ずしもハラール認証取得までを目指す必要はなく、可能な限りの対応をしたうえで情報開示を行い、判断材料を提供することが重要」とし、できることから少しずつ広げる進め方を勧めている。
まず取り組めるのが、情報開示である。使っている食材や調理の状況、つまり豚やアルコールを使うか、専用の調理器具があるかを、メニューやピクトグラムで示し、「できること・できないこと」を正直に伝える。
具体的には、豚・アルコールの使用や調理器具の共用の有無に加え、だしや調味料についても豚由来エキス・非ハラール肉由来の成分・酒やみりんの使用有無を確認してメニューに明記し、観光庁が示すピクトグラムを併せて使うと伝わりやすい。正確に開示するには原材料や調理工程をたどる手間がいるが、認証取得や大がかりな設備改修を伴わずに始められる範囲は広い。 旅行者は、その情報をもとに自分の基準に照らして選べばよい。
そのうえで、豚・豚由来品とアルコールを使わないメニューを用意する「ノーポーク・ノーアルコール」に踏み出せる。さらに需要が見込めるなら、調理器具や食器を分けるといった「ムスリムフレンドリー」の対応や、認証取得を検討する余地もある。大切なのは、はじめから重い対応を目指すことではなく、自店の客層と採算に見合った水準を選び、そこで正直に情報を開示することだ。
対応は、いきなり完成形を目指すものではない。「情報開示」という土台を固めることが、結果的にどの水準の対応も支える。
あわせて読む ハラールを含む食の多様性対応の進め方と、フードツーリズムの全体像は、別の記事で整理している。
ハラール対応でつまずきやすいのは、実態を超えた訴求を掲げてしまうことだ。厳格さの度合いには幅があり、背伸びした「ハラール対応」は、いずれ食材や調理の実態とのズレとして表れかねない。「ここまではできる、ここからはできない」を正直に示すことが、旅行者の信頼につながる。 情報開示は大がかりな設備投資を伴わずに踏み出せる接客であり、認証の取得可否とは別に、受入れの土台として効いてくる。
よくある質問
出典
- 観光庁「ムスリム旅行者おもてなしガイド」
- 日本貿易振興機構(ジェトロ)「2025年のASEAN主要6カ国の訪日外客数は前年比11.5%増」
- 日本政府観光局(JNTO)「訪日外客統計」
- 「Islam was the world’s fastest-growing religion from 2010 to 2020」(Pew Research Center)
- 「State of the Global Islamic Economy Report 2025/26」(DinarStandard)
- 日本貿易振興機構(ジェトロ)「インドネシアが日本のハラール認証機関3機関との相互認証(MRA)を完了」
- 日本貿易振興機構(ジェトロ)「インドネシアでのハラール認証表示義務化の現状」




