宗教や主義、健康上の理由で「食べられないものがある」訪日客は、少なくない。訪日外国人は2025年に4,268万人と過去最高を更新し、送客国の顔ぶれも多国籍化した。
ハラールを守るムスリム、肉や魚介を避けるベジタリアンや、さらに卵・乳製品なども避けるヴィーガン、そして重篤な場合には命に関わることもある食物アレルギー。飲食店や宿にとって、こうした客にどう応えるかは、対応を検討すべき実務になっている。だが、対応は「何もしない」か「認証を取る」かの二択ではない。
食の多様性対応は、最初から認証や専用設備を目指すのではなく、自店が使う食材・調味料・調理環境を把握し、対応できる範囲とできない範囲を正確に開示することから始まる。そのうえで、実際の客層や要望に応じて、食材の変更、専用メニュー、調理環境の分離、認証取得へと段階的に広げていく。
本記事では、受入対応を「宗教・主義・健康安全」の3系統に整理し、どの市場に・どこまで応えるかをどう判断するかを解説する。
この記事のポイント
- 訪日客の食事対応は宗教・主義・健康安全の3系統に分かれ、避けるものも確認される点も異なる。
- 対応には情報開示から認証取得まで段階があり、「認証を取るか否か」ではなく「どの市場にどこまで応えるか」で考える。
- ハラール認証には国際的な統一基準がなく、国内でも複数団体が別々に認証しており、特定団体の基準が唯一の正解ではない。
- 食物アレルギーは健康・安全の問題で、費用対効果や市場規模ではなく、誤情報・混入・緊急時対応を別枠で管理する。
- まず自店の食材・調味料・調理環境を把握し正確に開示することが、比較的取り組みやすい対応の出発点になる。
食の多様性対応とは何か
「食の多様性対応」とは、宗教・主義・健康上の理由で食べられないものがある人に、安心して食事を選んでもらえるようにする取り組みを指す。ひとくくりにされがちだが、中身は性質の違う3つの系統に分かれる。
整理して捉えることが対応設計の出発点になる。第一が宗教に基づく食制限だ。イスラムを信仰するムスリムは、神が許した「ハラール」のものを食べ、豚・豚由来品・アルコールといった「ハラーム(禁じられたもの)」を避ける。
ムスリムは世界人口の約4分の1を占める。ユダヤ教の「コーシャ(コーシェル)」も宗教上の食物戒律で、蹄が分かれ反芻する動物や、ひれとうろこのある魚のみを食べ、豚や貝は避ける。肉と乳製品を一緒にとらないなど調理・配膳のルールも細かい。
第二が主義・思想に基づく食制限だ。ベジタリアンは「肉や魚介類を食べず、主に野菜・穀類・きのこ・果物・海藻とその加工品を食べる」人を指し、卵や乳製品を食べるかどうかは人によって変わる。ヴィーガンはそれに加えて卵・乳製品・蜂蜜・ゼラチンなども口にしない。
背景には宗教だけでなく、動物愛護・環境保護・健康維持など主な理由が複数あり、どこまで厳格に守るかも個人差が大きい。第三が健康・安全に関わる食物アレルギーだ。
これは主義や信条ではなく、誤って食べれば健康被害に直結する問題で、前の2系統とは性質が根本的に異なる。
宗教・主義への対応は「どこまで応えるか」を選べるが、アレルギーは選好の問題ではなく安全管理の問題として、別枠で扱う必要がある。この違いは、後の「どこから始めるか」で改めて触れる。問いはこうだ。これら性質の違う制限に、飲食店や宿はどこまで応えればよいのか。
すべてに完璧に対応するのは現実的でない。だからこそ、どの市場に・どの段階まで応えるかを、自店の客層と体力に照らして選ぶことが実務の核心になる。
なぜ今、食事対応が問われるのか
食事対応そのものは新しい話ではない。それでも今あらためて重みを増しているのは、訪日客全体が過去最高を更新し、食事対応を必要とする客を受け入れる機会も広がっているからだ。訪日外国人は2025年に4,268万人と過去最高を更新した。
訪日客の飲食費も2025年に2兆688億円に達し、旅行消費額の21.9%を占める費目別第3位の市場になっている。この大きな市場のなかに、食に制限のある客が一定割合で含まれる。
観光庁の推計では、訪日ベジタリアン・ヴィーガン旅行者は2023年時点で約128万人、当時の訪日客約2,506万人の約5.1%にあたり、推計飲食費は年約609億円とされた。
この128万人は訪日客が2,506万人だった2023年時点の推計であり、訪日客が4,268万人まで増えた現在の規模は確認されていない。訪日客全体が増えても、同じ比率で増えたとは限らない点に留意したい。市場は国ごとに濃淡がある。
各国人口に占めるベジタリアン等の推計比率は、訪日市場のなかでもインドが際立って高く、市場によって大きな差がある。
ムスリム市場も同様で、主要なムスリム送客国のムスリム比率は、2020年時点でインドネシア87.0%、マレーシア66.1%、トルコ98.0%とされる。
世界のムスリム人口は約19億人で、2030年には22億人(世界人口の4人に1人)に達すると予測される。
国別の人口構成は、どの食制限にどれだけ備えるかを考える手がかりになる。ただしこれは各国人口に占める推計比率であり、実際に来店する客の需要は、自店の客層や問い合わせで確かめる必要がある。国も後押ししている。
観光庁は2024年4月、飲食の現場が「すぐに取り組めそう」「まず何をすればいいか」がわかるよう、ベジタリアン・ヴィーガン向けとムスリム向けの共通部分を中心にした「おもてなしガイド」を発行した。
あわせて自治体・DMO・飲食・宿泊が連携する「多様な食習慣や文化的慣習を持つ訪日外国人旅行者の受入環境整備に向けたモデル事業」を2024年度から実施し、2025年度予算は8,000万円、2026年度も公募を行った。受入環境の整備は、いまや個店の努力にとどまらず政策の対象になっている。
対応は3系統に分けて考える
| ムスリム(ハラール) | ベジタリアン・ヴィーガン | 食物アレルギー | |
|---|---|---|---|
| 根拠 | 宗教 | 主義・思想(宗教も) | 健康・安全 |
| 主に避けるもの | 豚・豚由来・アルコール | 肉・魚介(ヴィーガンは卵・乳・蜂蜜も) | 特定原材料9品目ほか |
| 確認される点 | 調味料・添加物・調理器具 | 使用食材・だし・油 | 微量混入・調理器具 |
| 対応の性質 | 市場に応じ段階的に選べる | 市場に応じ段階的に選べる | 選好でなく安全管理(別枠) |
3系統は、避けるものも、客が確認してくる点も違う。順に見ていく。ムスリム(ハラール)は、豚・豚由来品・アルコールを避ける。
観光庁が2023年12月にムスリム224人へ行ったアンケートでは、「必ず確認する」との回答が、豚肉・豚加工品73%、豚由来の調味料・添加物74%、ハラールと畜肉(イスラムの規定に沿って処理された肉)62%、アルコールを含む調味料52%と並ぶ。
つまり問われるのは料理の見た目ではなく、調味料や添加物まで含めて「何が入っているか」だ。さらに同じ調査では、専用の調理器具で調理されていないことを「不快に思う」人が12%、「少し不快に思うが仕方ないと思う」人が38%で、合わせて5割にのぼる。一方で「しっかり洗っていれば問題ない」「全く気にしない」も合わせて5割を占めた。非ムスリムと同じ冷蔵庫での保管を「不快に思う」人は41%で、原材料だけでなく調理・保管の分離まで気にする層も一定数いる。
どこまで応えるかは、段階の問題になる。ベジタリアン・ヴィーガンは、肉・魚介(ヴィーガンはさらに卵・乳・蜂蜜など)を避ける。ただし前述のとおり厳格さには個人差が大きく、店側が一律の正解を用意するより、使っている食材を正確に伝えて客に選んでもらう発想が向く。
観光庁ガイドも、ベジ・ヴィーガン対応を「Step0 理解を深める→Step1 既存メニューの活用→Step2 新規の常設メニュー→Step3 豊富な対応メニューの提供」という段階で示している。いきなり専用メニューを作らずとも、既存メニューの一部を野菜に置き換えることが入口になる。
食物アレルギーは、重篤な場合には命に関わることもあり、他と一線を画す。特定の原材料が微量でも混入すれば健康被害が起きうるため、「どこまで対応するか」を費用対効果で選ぶ発想にはなじまない。
応えられない場合に正直に伝えること、意図しない混入(コンタミネーション)を防ぐこと、緊急時にどうするかを決めておくことが軸になる。コーシャは、日本の飲食店で本格対応する例はまだ限られるが、宗教食という点でハラールと重なる部分がある。
訪日ユダヤ人客への対応を考える場合は、この系統があることを知っておくとよい。観光庁のガイドは、ベジタリアン・ヴィーガンとムスリムへの対応について、対応内容を明示することを促し、必ずしもハラール認証の取得まで目指す必要はないとする。
系統ごとに避けるものは違っても、「自店が何に対応できるかを正しく伝える」という起点は共通している。
「認証を取れば安心」とは限らない
食事対応を進めると、必ず「認証を取るべきか」という問いに突き当たる。ここは誤解が多いので、制度の性質から押さえておきたい。まずハラール認証には、国際的に統一された単一の基準が存在しない。
ハラールの規定は世俗の法律ではなく宗教上の規定で、成文化されておらず、詳細は国や地域によって異なるからだ。
海外では国の公的機関が認証を担う例が多く、マレーシアのJAKIM、インドネシアのMUI・BPJPH、シンガポールのMUIS、タイのCICOTなどが知られる。日本国内には公的な統一機関がなく、複数の民間団体がそれぞれ認証を行っている。
農水省の資料は「日本の主なハラール関係団体」として日本ムスリム協会・日本ハラール協会・ムスリムプロフェッショナルジャパン・日本イスラーム文化センター・日本アジアハラール協会・ジャパン・ハラール・ファンデーションの6団体を挙げている。
ただしこれは主な団体の例であって、国内すべての認証団体を網羅した一覧ではない。複数の団体が別々の基準で認証している以上、「どこかの認証を取れば世界中のムスリムに通用する」わけではない。
狙う市場(どの国の客か)に応じて意味のある認証を選び、特定団体の基準を業界の唯一の標準のように扱わないことが肝心だ。認証は必須でもない。観光庁ガイドが紹介する対応店の多くは、公的な認証マークを使わずに運営していると答えている。
情報の伝え方には、記述・口頭で伝える段階、マークやイメージで示す段階、認証マークを掲げる段階という表示レベルの違いがあり、認証マークはその表示方法の一つにすぎない。
ベジタリアン・ヴィーガンにも民間の認証はあり、たとえばヴィーガン店のT’sたんたんはベジプロジェクトジャパンのヴィーガン認証を2017年に取得しているが、これも選択肢の一つだ。コーシャ認証は世界に約300団体あり、最大のOU(米国)は104か国・1万2千超の工場を認証している。
日本国内にもコーシャ・ジャパンなど複数の認証機関があるが、団体数や体制は調査時点で変わりうる。食物アレルギーだけは、認証ではなく表示のルールが制度の中心にある。
食品表示基準は、表示が義務づけられる「特定原材料」を9品目(えび・かに・くるみ・カシューナッツ・小麦・そば・卵・乳・落花生)、表示が推奨される「特定原材料に準ずるもの」を20品目と定める。
このうちカシューナッツは2026年4月1日の改正で追加され、経過措置は2028年3月31日までとされている。
ただしこの表示義務がかかるのは容器包装された加工食品などで、飲食店がその場で提供する料理や出前、対面での量り売りは表示義務の対象外=事業者の自主的な取り組みに委ねられている。つまり外食の現場では、特定原材料の表示義務がかからない分、店ごとの説明と管理の姿勢がそのまま安全を左右する。
飲食店でも容器包装した食品を販売する場合は表示義務がかかる点は押さえておきたい。
どんな店が、どこまで対応しているか
この図表のデータを見る
| 国・地域 | 推計人数(2023年) |
|---|---|
| 台湾 | 51.7万人 |
| 韓国 | 20.3万人 |
| 中国 | 10.3万人 |
| 米国 | 8.4万人 |
| 香港 | 5.8万人 |
実際の対応は、大がかりな投資がなくても始められる。
観光庁ガイドは既存メニューの活用から対応メニューの充実までを段階別に紹介しており、本記事では着手しやすい順に実店舗の例を並べる。もっとも軽いのが既存メニューの活用だ。都内のある天ぷら店は、外国人の来店が全体の2〜3割(うち1割ほどがベジタリアン等)で、月に約3組の対応をこなす。
専用メニューは作らず、ベジタリアンには魚介を野菜に替え、ヴィーガンには卵を使わない衣と専用の油を用意するだけで応じている。次の段階が常設メニューの追加だ。
ヴィーガンメニューが全体の約半分を占めるMr. Farmer(2014年開業・都内5店舗)は、日比谷店で来店客の約1割が外国人、全体の約5%が外国人ヴィーガンだという。
横浜グランドインターコンチネンタルホテルは、ディナー対応を2018年7月、ランチ対応を2019年に始め、MICE関連の宴会では50〜60%に食事制限があるという。さらに踏み込んだのが全面対応の店だ。
六本木の精進料理店・宗胡(2015年開業)は全メニューをヴィーガン対応とし、外国人比率は60〜70%にのぼる。
成田空港や東京駅などに展開するT’sたんたん(2011年開業)も全メニューがヴィーガン対応で、外国人客が多く、前述のヴィーガン認証も取得している。銀座などのAIN SOPH.(2009年開業)は外国人来店率が50〜90%に達する店舗もある。
精進料理をヴィーガン対応に生かした事例は、日本の食文化を受入対応の資源にできることを示している。なお、これらの店舗数や来店率はいずれも2024年の資料掲載時点の数字である。個店だけでなく、地域ぐるみの動きもある。
山梨県の「やまなしフードダイバーシティ認証」は、ムスリム・ヴィーガン・ベジタリアンの3カテゴリを対象に、アレルギー情報の表示を全カテゴリ共通の必須要件とする制度だ。
国際的な認証を取得済みの事業者向けの「Friendly STAR」と、県独自基準を満たす「Friendly」の2段階を設け、いずれも英語での情報開示とアレルギー表示を必須としている。段階を分け、複数の市場を一つの枠組みで束ねるこの設計は、個店が対応を広げるときの見取り図にもなる。
どこから始めるか:投資の軽い順
ここまでを実務の順番に置き直す。
出発点は、認証でも専用設備でもなく、現状把握と正確な開示だ。自店が使う食材・調味料・調理環境を洗い出し、対応できる範囲とできない範囲を、できれば英語も添えて正直に伝える。
観光庁のアンケートでは、海外旅行時の飲食店選びについて、専用オプションがなくても「利用するかもしれない/関係なく利用する」と答えた人が約8割、関係団体の認証サインがなくても約8割にのぼった。
これは海外旅行時の選定意向を尋ねたもので、情報開示の効果や訪日客の実際の行動を測ったものではないが、専用メニューや認証の有無だけで、飲食店が選択肢から外れるわけではないことを示している。開示は、比較的取り組みやすく、しかも次の一手の土台になる。そこから先は、実際の客層と要望に応じて段階を上げる。
既存メニューの食材・調味料を一部変える、対応メニューを常設する、調理器具や保管場所を分ける、そして必要なら認証を取る。どこまで上るかは、実際の客層や要望と自店の投資体力で決めるもので、全店が最上段を目指す必要はない。ムスリム客のなかには調味料や調理器具の分離まで確認する人もいる(前述)。
対象とする客の要望を確かめ、自店が保証できる範囲を具体的に示すことが、線引きの現実的な出発点になる。国のモデル事業や自治体認証は、こうした段階を進める際の支援・指針として使える。ただし、食物アレルギーはこの段階論の外に置く。
健康被害に直結する以上、「どの市場を狙うか」や費用対効果ではなく、対応できないものは正直に伝える、意図しない混入を防ぐ、注文時に確認する、緊急時の対応を決めておく、という安全管理を最初から独立の軸として持つ必要がある。
宗教・主義への対応が「攻めの集客」なら、アレルギー対応は「守りの安全」であり、天秤にかけるものではない。
あわせて読む ハラールの中身と、フードツーリズムの全体像は、それぞれ別の記事で詳しく扱っている。
食の多様性への対応は、単なるコストではなく集客の一部である。訪日客が4千万人を超え、出身国が多様になるなか、食べられないものがある客も珍しくない。重要なのは認証の有無だけでなく、自店が対応できる範囲を正確に伝えることだ。
対応内容は、狙う市場に合わせて決める。インド市場ならベジタリアン、インドネシアやマレーシア、トルコならムスリム対応が選択肢になる。ただし、国籍だけで判断せず、本人の要望を確認する必要がある。
自店の客層や人員、予算に合う対応を選び、できることとできないことを明示する。一方、アレルギーは集客策ではなく、安全管理として別に扱う。この区別が、食の多様性への対応を店の強みに変える。
よくある質問
出典
- 観光庁「ベジタリアン・ヴィーガン/ムスリム旅行者おもてなしガイド(本編・2024年4月)」(PDF)
- 観光庁「同 資料編」(PDF)
- 農林水産省「ハラールに関する基礎情報(2025年8月)」(PDF)
- 農林水産省「コーシャに関する基礎情報(2025年2月)」(PDF)
- 消費者庁「アレルギー表示」
- 観光庁「インバウンド消費動向調査 2025年年間値(確報)」(PDF)
- 観光庁「多様な食習慣や文化的慣習を持つ訪日外国人旅行者の受入環境整備に向けたモデル事業(2026年度公募)」
- 山梨県「やまなしフードダイバーシティ認証」
- 日本政府観光局(JNTO)「訪日外客統計」




