全国の空き家は900万戸を超え、過去最多を更新した(2023年)。使われなくなった古い民家をどう生かすか。その有力な答えの一つが「古民家ホテル」だ。
築年の古い木造住宅や歴史的建造物を改修し、一棟貸しや、複数の建物に客室を分散させる宿として再生する事例が各地で見られる。ただし、古民家ホテルは簡単な事業ではない。
客室数が少なく複数の建物に分散するため運営コストが構造的に高く、それを高単価と地域一体の運営で成立させる難度の高いモデルだ。 本記事では、古民家ホテルとは何か、代表事例と仕組み、空き家・地方創生との関係、そして事業として立ちはだかる法規制とコストの壁までを、一次資料をもとに整理する。
この記事のポイント
- 古民家ホテルは、歴史的建築を宿として再生する取り組みで、空き家活用と地方創生の文脈で広がる。
- 代表形態の一つが町全体を一つの宿と見立てる分散型ホテルで、岡山県矢掛町は「アルベルゴ・ディフーゾ・タウン」として世界初の認定を受けた。
- 少客室・分散運営でコストが重く、高単価と地域の飲食・体験の開放で成立させる事業設計が要る。
- 旅館業法や建築基準法の緩和が追い風だが、消防・防火の適合義務は残り、改修コストは重い。
- 稼働率や投資回収の定量データは確認が難しく、収益性は事業者・地域ごとの個別性が大きい。
古民家ホテルとは何か
古民家ホテルとは、古い民家や歴史的建築を改修し、宿泊施設として再生したものを指す。ここで注意したいのは、「古民家」に法律上の定義がないことだ。国や自治体の資料も「古民家等の歴史的建造物」といった表現にとどまる。
業界団体は、登録有形文化財の登録要件にならい「築50年を経過する木造軸組構法の伝統構法または在来工法の住宅」などと自主的に定義しているが、これはあくまで慣用だ。
「古民家」は厳密な区分ではなく、伝統的な木造建築を宿に生かす取り組みの総称と捉えるのがよい。こうした宿が注目される背景には、単なる「古い家の再利用」を超えた価値がある。地域の歴史や暮らしそのものを体験として売れることだ。柱や梁、土間や庭といった建物の履歴が、そのまま宿泊の魅力になる。
近年は、こうした「地域の日常」を体験価値として打ち出す宿も出てきている。一方で、古民家を宿にするのは容易ではない。老朽化した建物の改修には多額の初期投資がかかり、客室数は限られる。
この「魅力とコストのせめぎ合い」をどう設計するかが、古民家ホテルという事業の中心的な問いになる。以下、その仕組みを具体的に見ていく。
町ごと宿にする「分散型ホテル」

古民家ホテルを語るうえで欠かせないのが、「分散型ホテル」という発想だ。1棟のホテルに客室を集めるのではなく、集落や旧市街に散らばる複数の古民家に客室を分け、レセプションと食事処を核として町全体を一つの宿に見立てる。
この形態はイタリア発祥で、「アルベルゴ・ディフーゾ(Albergo Diffuso=分散した宿)」と呼ばれる。観光マーケティング学者ジャンカルロ・ダッラーラが1980年代に考案し、2006年に協会が設立された。
協会の要件には、統一的な運営、客室を複数の別棟に分散、レセプションと客室の距離は最大200メートル、そして「生きたコミュニティの存在」(廃村では設立不可)などがある。空き家を宿にしながら、人が暮らす町の営みごと体験してもらう。これがモデルの核心だ。
日本でも各地に広がる。岡山県矢掛町は2018年、イタリアの協会から「アルベルゴ・ディフーゾ・タウン」として世界初の認定を受けた。旧山陽道の宿場町に、改修した古民家の宿を点在させた構成だ。
兵庫県丹波篠山市では、江戸期の古民家4軒を改装した「篠山城下町ホテル NIPPONIA」が2015年に開業した。NIPPONIAブランドの企画・エリアマネジメントを担う株式会社NOTE(ノオト系)のフラッグシップ(旗艦店)で、城下町全体を一つのホテルと見立てる分散型ホテルだ。
愛媛県大洲市の「NIPPONIA HOTEL 大洲 城下町」は、増床を重ねて2023年7月時点で26棟31室に達している。なお、全国で展開される「NIPPONIA」ブランドは、企画・エリア開発を担う株式会社NOTE(ノオト系・丹波篠山発祥)と、施設を運営する事業者が役割を分けて支えている。
両者は「NIPPONIA」を共有する別の法人であり、「NIPPONIAの運営会社」と一括りにはできない。NIPPONIAの事例では、建物だけでなく運営体制もまた法人間の「分業」で成り立っている。
長野県塩尻市の奈良井宿では、竹中工務店と塩尻市の連携協定を土台に、複合宿泊施設「BYAKU Narai」が生まれた。築200年の元酒蔵などを含む町屋4棟(歳吉屋・上原屋・島茂屋・かね上屋)に客室を分散させ、開業以来の増築を経て計16室体制とし、レストランや酒蔵、温浴施設なども町屋群に配置する。事業主体は塩尻市森林公社と竹中工務店が出資する株式会社ソルトターミナルで、運営を奈良井まちやど(47PLANNINGグループ)が担う官民連携モデルだ。
長野県の統計では、奈良井宿の年間延利用者数は51万人(令和6年、前年比13.1%増)。一方、奈良井宿観光協会によると、重要伝統的建造物群保存地区内の320軒のうち69軒が空き家状態にあり、保存と活用の両立が課題となってきた。BYAKU Naraiは、そうした空き家を高級宿泊施設として再生する試みの一つだ。
空き家900万戸という背景

この図表のデータを見る
| 区分 | 2018年 | 2023年 |
|---|---|---|
| 空き家総数 | 848.9万戸 | 900.2万戸 |
| うち放置型(その他空き家) | 348.7万戸 | 385.6万戸 |
| 空き家率 | 13.6% | 13.8% |
一戸建て空き家352.3万戸のうち80.9%が「その他空き家(放置型)」。古民家の公的母数は存在せず、これは代理指標。
古民家ホテルが政策的にも後押しされる背景には、深刻な空き家問題がある。総務省の2023年調査によると、全国の空き家は900万2千戸に達し、過去最多を更新した。空き家率は13.8%と、これも過去最高だ。
なかでも、賃貸・売却用でも別荘でもない、いわゆる放置されやすい空き家は385万6千戸にのぼる。一戸建ての空き家に限ると、その8割がこの「放置型」だ。ただし注意したいのは、「古民家」そのものの数を示す公的統計は存在しないことだ。
木造住宅の割合(居住住宅の54.0%)や、1980年以前に建てられた持ち家の戸数などが参考にはなるが、これらは構造や築年を問う代理指標にすぎない。「古民家が何万戸ある」と断定できるデータはない。 それでも、放置されやすい一戸建ての空き家が多いことは、古民家・戸建て活用を考えるうえで重要な背景になる。
ただし、それがそのまま「古民家の母数」を示すわけではない。国もこの資産に注目する。観光庁は観光立国推進基本計画に基づき「歴史的資源を活用した観光まちづくり」を進めており、2025年までに300地域への拡大を目標に掲げてきた。
空き家や歴史的建造物を地域資源として活用する取り組みの一つとして、古民家ホテルが注目されている。
事業モデルはなぜ高単価なのか
古民家・歴史的資源を活用した宿には、城泊のように1泊100万円級の高単価事例や、NIPPONIA系のような高付加価値帯の事例が目立つ。これは高級路線の選択というだけでなく、少客室・分散運営のコストを吸収するために高付加価値化が求められやすい面がある。理由は運営コストの重さにある。
客室数が少なく、しかも複数の建物に分散するため、清掃・案内・保守といったオペレーションの効率が1棟集約型のホテルより悪い。改修の初期投資も重い。この高コストを吸収するには、単価設定に加え、地域資源との連携や改修・運営コストの抑制、補助制度の活用などを組み合わせた設計が要る。
そこで代表的な事例が採るのが、「まちごとホテル」の設計だ。宿の中にすべてを抱え込むのではなく、地域の飲食店・銭湯・体験を宿泊者に開放し、町全体を宿の延長として使う。大阪などで展開する「SEKAI HOTEL」は、中古住宅1軒を丸ごと1客室とし、地元の喫茶店や銭湯を宿泊者が使える仕組みをとる。
運営を地域と分担することで、少ない客室でも成立させる狙いだ。こうしたモデルは、地域の観光まちづくり法人(DMO)や自治体との連携を前提とすることが多い。城下町の分散型ホテルでは、まちづくりを担うDMOが宿と地域をつなぐ例が見られる。
古民家ホテルでは、宿単体の運営だけでなく、地域の飲食・体験・移動やまちづくり主体との連携が、収益設計上の重要な要素になる。 なお、稼働率や投資回収年数といった収益の定量データは、本稿で確認した一次情報の範囲では確認できず、事業者・地域ごとの個別性が大きい点には留意が必要だ。
立ちはだかる法規制の壁

古民家を宿にする大きなハードルの一つが、法規制への適合だ。古い建物は現行の建築基準に合わないことが多く、宿泊施設として使うには複数の法律をクリアしなければならない。まず旅館業法だ。
小規模な宿では、フロント(玄関帳場)が不要で面積要件も緩やかな「簡易宿所営業」が選ばれやすい。加えて、2018年の旅館業法改正で客室最低数などの要件が撤廃されたほか、それ以前の2012年には施行規則で「伝統的建造物」が構造設備特例の対象に加えられるなど、古民家活用を後押しする制度が段階的に整ってきた。
建築基準法も緩和が進んだ。2019年施行の改正で、用途変更に建築確認が必要となる規模が床面積100㎡超から200㎡超へ引き上げられ、200㎡以下の転用は確認手続きが不要になった。
ただし、確認手続きが不要になっても、建築基準法や消防法への適合義務そのものはなくならない。 ここを見落とすと、改修計画や開業スケジュールに大きく影響しかねない。とりわけ消防法は厳しい。旅館・ホテル用途では、自動火災報知設備が延べ面積を問わず原則すべてに設置義務となる。
小さな古民家宿でも避けられない投資だ。さらに、2025年4月施行で小規模木造建築の構造審査の省略範囲が縮小され、木造2階建ての大規模な改修には構造の確認が必要になった。古民家は木造2階建てが多く、大規模改修の際にこの審査が関わる可能性がある。
歴史的価値や意匠を残しながら宿泊用途に転用する場合、建築・消防・構造面の確認が改修計画を大きく左右することがある。
宿の稼ぎで、古い建物を守る
コストも法規制も重い。それでも古民家ホテルが広がるのは、空き家という社会課題と、地域体験という観光価値が交わる場所にあるからだ。近年は、その事業を持続させる仕組みづくりも前進している。
象徴的なのが、宿泊収益を建物の維持に還元する保存再生型のモデルだ。歴史的建造物を数多く手がけてきたバリューマネジメントは、2026年2月にホテル運営会社を「風のヘリテージ株式会社」へ社名変更し、新ブランドを立ち上げた。同グループが保存・利活用する歴史的建造物は115棟に及ぶ(2026年2月時点)。
2026年3月には、北海道函館市の国指定重要文化財「旧相馬家住宅」を活用したホテル「旧相馬家 Kazeno Heritage」がグランドオープンした。1日3組限定で、宿泊収益を建物維持に回す設計だ。行政と組んだ新しい枠組みも生まれている。
岡山県津山市では、市が所有権を持ったまま民間に運営権を設定する「コンセッション方式」で、4つの歴史的建造物を分散型ホテルにする計画が進む。2026年11月の開業を目指し、ふるさと納税型のクラウドファンディングなどで資金を集めている。国や自治体の補助も続く。
観光庁の令和8年度「面的受入環境整備促進事業」(古民家活用の面的整備も支援対象になり得る)や、愛媛県の「古民家等を活用したインバウンド誘客支援事業」など、古民家の宿泊活用を後押しするメニューも用意された(いずれも2026年度分の申請期間はすでに終了)。
旧相馬家や津山のように、建物単体の再生にとどまらず、行政・資金調達・運営体制を組み合わせる事例も出てきている。
古民家ホテルは、空き家活用や地域資源の再生と結びつけて語られることが多い。だが要点はロマンではなく、厳しいコスト構造をどう設計し直すかにある。少ない客室、分散した建物、重い改修費と法適合コスト。
単体の宿として見ると、一般的な集約型ホテルに比べて運営効率や改修負担の面で不利になりやすい。成立の可能性を高めるのは、宿の壁の内側で完結させず、地域の飲食・体験、まちづくり主体、行政、資金調達までを組み合わせて設計するからだ。
近年の保存再生型モデルやコンセッション方式は、その「束ね方」を制度と資金の面から後押しする試みといえる。
古民家ホテルが問うているのは、建物を美しく直す技術ではなく、地域の飲食・体験・行政・資金をどう組み合わせて設計できるかにある。 空き家が900万戸を超えた今、この設計力こそが、眠る資産を観光の力に変えられるかの分かれ目になる。
よくある質問
<出典>
- 総務省統計局「令和5年住宅・土地統計調査 基本集計(確報)」
- 「Associazione Nazionale Alberghi Diffusi」(アルベルゴ・ディフーゾ協会(ADI))
- 矢掛町「世界初 アルベルゴ・ディフーゾ・タウンに認定」
- 観光庁「歴史的資源を活用した観光まちづくりの推進」
- 国土交通省「改正建築基準法が6月25日から全面施行」
- 消防庁「主な消防用設備等の設置基準」
- 厚生労働省「旅館業法の概要等について」
- バリューマネジメント「旧相馬家 Kazeno Heritage グランドオープン」
- バリューマネジメント「津山城・城下町泊プロジェクト」
- 竹中工務店「歳吉屋-BYAKU Narai-(奈良井宿 古民家群活用プロジェクト)」
- 株式会社47PLANNING「奈良井宿の魅力を存分に味わう新しい宿『BYAKU Narai』2021年8月4日開業」
- 長野県「観光地利用者統計調査結果」
- 奈良井宿観光協会「奈良井宿の空き家対策について」


