「正しく伝わっていない」 隣県の知事も動いた熊本地震の宿泊キャンセル9億円

晴天の阿蘇くまもと空港の旅客ターミナルと管制塔
Photo: kanoekana / photoAC
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9億円は4日間の受付分の暫定値

熊本県が集計した宿泊キャンセルは、約6万5,500人泊・約9億円である。8月3日の第13回災害対策本部会議に観光文化部が出した暫定値だ。

ただし、この数字が拾っているのは7月28日から31日までに受け付けた分に限られる。締めは8月3日正午である。関係団体や市町村を通じた調査で、回答した施設の数は公表されていない。4日間の受付分だけで9億円に達したという集計であり、被害の総額でも、確定した損失額でもない。

震度7は宇城市と氷川町だった

強い揺れを観測した地域と、主な交通規制の区間は、はっきりしている。国土交通省が8月9日10時時点でまとめた令和8年熊本地震による被害状況等について(第35報)によれば、震度7を観測したのは宇城市と氷川町である。地震は7月28日16時27分に発生し、規模はマグニチュード7.1、震源の深さは16キロだった(いずれも暫定値)。

公表されている道路と鉄道の支障は、県南に多い。九州自動車道は松橋インターチェンジからえびのインターチェンジまでで6区間、南九州自動車道は八代ジャンクションから田浦インターチェンジまでで3区間が通行止めだ。鉄道も九州新幹線の熊本〜新水俣、JR鹿児島線の宇土〜八代、肥薩おれんじ鉄道の八代〜水俣が運転を見合わせている。

一方、空の便は早い段階で戻った。阿蘇くまもと空港は7月28日19時5分に滑走路の閉鎖を解き、翌29日から通常運用に入っている。

阿蘇の揺れも一様ではない。第35報が挙げる震度5弱以上の市町村には阿蘇市・南阿蘇村・高森町が並ぶが、黒川温泉のある南小国町は入っていない。「熊本が被災した」という一語では、どこがどうなっているのかを説明できない。

阿蘇と天草でキャンセルが積み上がる

キャンセルは、強い揺れを観測した地域の外側にも及んでいる。

熊本日日新聞が8月8日に伝えた地域ごとの集計によれば、阿蘇市観光協会に加盟する37施設では、3日時点で約1万7千人分・約2億8千万円のキャンセルが出た。対象は7〜8月分にとどまらず、12月分にまで及ぶという。

天草側も重い。上天草市は1日時点で約1万人・1億9700万円、天草市は7月末時点で延べ4千人近くにのぼる。上天草市松島町の海中水族館シードーナツでは、来場客が例年の2割に満たない。

県南は事情が違う。水俣市の湯の児温泉「海と夕やけ」では、10月までの予約から590件・1,550人分のキャンセルが出た(5日時点)。ここは高速道路も新幹線も在来線も止まっている地域である。

(注:これらは調査主体も対象期間も異なる集計で、地域間を同じ条件で比べられる数字ではない。県の9億円は7月28日〜31日の受付分、阿蘇の2億8千万円は12月分までを含む。単純に足したり、県の集計の内訳とみなしたりはできない。キャンセル理由の内訳も、いずれの集計でも公表されていない)

鹿児島県知事が県内利用を呼びかけた

キャンセルは県境も越えている。それを示すのは報道だけではない。

鹿児島県の塩田康一知事は8月7日、令和8年熊本地震を受けての知事メッセージ(県内観光振興のお願い)を出した。そこにはこうある。「特に観光業においては、交通アクセスの影響に加え、地震後の本県の状況が正しく伝わっていないことなどにより、宿泊施設のキャンセルが生じるなど、大きな影響が生じ始めております」

同じ文書は、県内の宿泊施設や観光施設が通常どおり営業していることも明記したうえで、県民に県内での宿泊・観光を呼びかけている。交通の影響と、状況が正しく伝わっていないことが、ひとつの文の中に並んでいる。

観光庁の対応も同じ方向を向く。令和8年熊本地震 関連情報のページ(8月7日更新)は、福岡・佐賀・長崎・大分・宮崎・鹿児島の6県について営業状況を並べている。佐賀・長崎・大分・宮崎はいずれも「県内の宿泊施設・観光地・観光施設等は平常通り運営・営業を行っております」だ。

10年前は九州で75万人のキャンセル

似た構図は10年前にもあった。

内閣府の地域の経済2016は、2016年の熊本地震のあと「九州全体での宿泊のキャンセル数は75万人にのぼり」と記した。同書は風評被害を「震災から復旧してもなお顧客が戻ってこないといった状態」と定義している。この定義は復旧後の状態を指すもので、交通の支障が続いている現在の状況とは分けて読む必要がある。

被害が軽い地域でも落ち込んだ例はある。立命館大学歴史都市防災研究所の調査では、地震後の第1四半期の観光関連事業所の売上は県全体で前年の64%、熊本市93%、阿蘇39%、天草58%だった。調査者は天草について「ストックの被害が軽微であったものの、売上額の減少が見られた」と書き、風評被害の例に挙げている(注:計950社に配布し289社が回答、回収率30.4%の自己申告アンケート。落ち込みが最も大きいのは阿蘇であり、被害が軽い地域ほど落ち込むという関係ではない)。

日本交通公社の熊本地震の観光復興状況に関する調査研究も、「報道等の影響により、イメージが悪化した地区がある」ことを課題に挙げた。被災の影響が限定的なエリアでも、周遊ツアーの中止で観光客が減ったとしている。

あわせて読む 地震発生直後の被害と交通の状況は、こちらにまとめている。

地震発生前に撮影された熊本城の天守 令和8年熊本地震で熊本城が休園 火の国まつりなど夏の行事も中止に

新幹線はお盆までの再開が難しい

ここで、話を「風評」だけに寄せるのは正しくない。

鹿児島県知事のメッセージは、キャンセルの発生を訴えると同時に、交通の見通しも具体的に書いている。九州新幹線は「今月中の再開は困難」、九州自動車道の一般車両の通行が可能になるのは「今月後半の見込み」。そのうえで「例年多くの観光客が見込まれるお盆の時期頃までの再開は厳しい状況にあります」と結んでいる。

鹿児島や熊本県南のキャンセルには、誤解ではなく移動できないという事実が含まれている。国土交通省の第35報も、九州道の全線で一般車両が通れるのは8月後半の見込みとしている。ここに情報発信を厚くしても、列車は動かない。

だから、分けて把握する必要がある。交通の支障によるキャンセルと、営業やアクセスの情報が届かないことによるキャンセルは、打つ手が別になる。実際には両者が重なる地域もあり、余震への不安や周遊行程の崩れなど、ほかの要因も混じる。それでも、9億円をこの観点で分けた集計は存在しない。

大規模な割引は2例とも2か月半後

需要側の対策には、確認できる範囲で時間がかかっている。

2016年の熊本地震では、九州ふっこう割の対象が7月1日以降の宿泊だった。発災は4月14日である。内閣府の資料によれば、旅行券・旅行商品の販売に加えてプロモーションや九州観光キャンペーンを含む「九州観光支援のための割引付旅行プラン助成事業」に180億円が計上された。旅行者が使えるようになるまで、約2か月半かかっている。

2024年の能登半島地震も同じ幅だ。北陸応援割は補助率50%・最大2万円/泊で、まず北陸4県で3月16日から4月26日まで実施された(石川県は5月7日から7月31日と9月1日から11月30日、新潟県は6月3日から7月18日にも実施)。1月1日の発災から、やはり約2か月半である。

割引の開始は2例とも2か月半後
災害の発生から大規模な宿泊割引が始まるまでの日数
災害(発災日)需要喚起策開始まで
平成28年熊本地震
(2016年4月14日)
九州ふっこう割。7月1日以降の宿泊が対象で、熊本・大分は最大7割引、他5県は最大5割引。割引付旅行プラン助成事業として180億円を計上(プロモーション等を含む)78
令和6年能登半島地震
(2024年1月1日)
北陸応援割。補助率50%・最大2万円/泊。石川・富山・福井・新潟の4県で3月16日から4月26日まで(石川は5/7〜7/31と9/1〜11/30、新潟は6/3〜7/18にも実施)75
令和8年熊本地震
(2026年7月28日)
未発表。熊本県観光振興課は「時機をみて観光産業への支援策を打ち出したい」としている13日目
(注:日数は発災日の翌日を1日目として算出した編集部試算。令和8年熊本地震の「13日目」は2026年8月10日時点で、この時点で需要喚起策は発表されていない。掲げた2例は大規模な宿泊割引に限ったもので、災害支援策全般を網羅した比較ではない)
出典:内閣府「地域の経済2016」、国土交通省「令和6年能登半島地震から1年」の復旧・復興状況と今後の見通し、熊本日日新聞(2026年8月8日)をもとに編集部作成

今回はまだ13日目だ。熊本県観光振興課は「時機をみて観光産業への支援策を打ち出したい。国への要望も検討している」としている。救助と生活再建が先に来る以上、この段取り自体を責めることはできない。

確認できたのは2例で、これを一般則と呼ぶことはできない。それでも、同じ幅の遅れが2度続いたなら、その2か月半に何が起きるかを織り込んで設計するほうがいい。阿蘇の37施設で12月分の予約まで落ちているのは、支援策が届く前の出来事である。

あわせて読む 風評による落ち込みに国がどう手当てしたかは、九州ふっこう応援割の回で扱っている。

草原の向こうにそびえる阿蘇の山並み。手前のススキと草地を、点在する人影が歩いている 九州ふっこう応援割は10月1日宿泊分から 熊本・鹿児島は補助率6割
観光ビジネスの視点

災害のたびに、観光需要が落ち込んだあとで割引策が用意される。割引は回復の手段にはなるが、需要の減少を防ぐ手段ではない。

観光庁や自治体は、各地の営業状況を発信している。それでも風評被害が広がるのは、無事な市町村まで「熊本」、さらに「九州」と大きな単位で括られてしまうからだ。

マスメディアが深刻な被害を繰り返し報じることは重要である。一方で、それだけでは地域全体が危険だという印象を与えかねない。無事な地域や通常営業中の施設、利用できる交通区間も伝え、観光地への二次被害を防ぐ必要がある。

出典

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