発酵ツーリズムとは 蔵1軒の見学を、地域の行程に変える条件

木桶が並ぶ醸造蔵の内部
Photo: Bret Lama / Unsplash
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発酵ツーリズムとは、味噌や醤油、酢、麹などの醸造の現場を訪ね、その土地の食文化に触れる旅を指す。近年は自治体が観光施策の名前として使うようになった言葉だ。

ただしこの言葉を定義した国の制度は、本記事で確認した範囲では見当たらなかった。国の施策は農泊、ガストロノミーツーリズム、酒蔵ツーリズムに分かれていて、発酵という切り口で束ねた枠がない。名前も、数え方も、支援の枠も、地域が自分で決めるところから始まる領域である。

数え方の話から始めたい。発酵の見学施設で年間の来訪者数を探したところ、企業の公表資料と自治体統計を当たった範囲で確認できたのは3件だった。愛知県の統計に載るMIZKAN MUSEUM(半田市)の166,837人と八丁味噌蔵(岡崎市)の144,907人、そして笛木醤油が自社で発表した金笛しょうゆパーク(埼玉県川島町)の40,000名超である。

数え方が違うので横並びにはできない。それでも、この3件の並び方自体が発酵ツーリズムの現在地を示している。2件は企業の自社発表ではなく愛知県の統計に収録されたもので、しかもそのうち1件は蔵1社ではなく、2社を含むエリア単位の数字だった。

本記事では、この言葉の位置づけを確かめたうえで、蔵1軒でできることの範囲、地域で束ねた事例、使える制度と使えない制度を、一次資料から整理する。地域で食を扱う事業者と、観光の受け皿をつくる側が次に何をするかを考える材料にしたい。

この記事のポイント

  • 「発酵ツーリズム」に国の定義はない。国の施策は農泊(農林水産省)、ガストロノミーツーリズム(観光庁)、酒蔵ツーリズム(国税庁)に分かれている。
  • 蔵の側は国内需要が縮むなかにいる。しょうゆの出荷数量は2024年に1989年(平成元年)の56.9%、企業(工場)数は2005年以降の20年だけで1,626から1,013へ減った。
  • 年間の来訪者数を確認できたのは3件だけだった。うち2件は愛知県の統計、1件は笛木醤油の自社発表である。施設別の年間値を行政統計で確認できたのは、確認した範囲では愛知県だけだった。
  • 愛知県の統計は、カクキューとまるや八丁味噌をまとめて「八丁味噌蔵」というエリア単位で数えている。統計の単位そのものが、すでに蔵1軒ではない。
  • 見学に加えて飲食・物販・団体受付まで自社で備える蔵はある。ただし、すべての蔵が同じものを揃えられるわけではない。
  • 3県で束ねた「発酵ツーリズム東海」は2か月で122,547名を集めた。ただし次回は3年後の開催が予定されており、通年の受け皿にはなっていない。
目次

「発酵ツーリズム」に国の定義はない

まず確かめておきたいのは、この言葉が制度の言葉ではないことだ。

農林水産省が農泊の資料で示した役割分担は、宿泊・食・体験を楽しむ農泊を農林水産省、ガストロノミーツーリズムを観光庁、酒蔵ツーリズムを国税庁が担う、というものである。同じ資料は連携先として内閣官房も挙げているが、この並びのなかに発酵ツーリズムという名前は出てこない。

言葉が使われているのは、自治体の事業名と民間の企画名のほうだ。福島県は「ふくしま発酵ツーリズム推進事業」を実施し、愛知県の協議会は事業方針のなかで「発酵ツーリズム市場」という語を使っている。

民間では2019年、渋谷ヒカリエのd47 MUSEUMで「Fermentation Tourism Nippon〜発酵から再発見する日本の旅〜」が開かれた。運営する発酵デザインラボは、展覧会と蔵を訪ねる観光プログラムを合わせたものを「観光連動型展覧会」と自ら定義している。以後、北陸、東京、東海と場所を変えて続いている。

ユネスコ無形文化遺産に登録された「和食;日本人の伝統的な食文化」(2013年12月)を根拠に語られることもある。ただし登録の4つの特徴に発酵の語はなく、提案書の本文に「発酵調味料」への言及が2か所あるにとどまる。和食の技法に発酵が含まれないという意味ではないが、和食の登録をそのまま発酵の登録として読むのは、提案書の記述からは行き過ぎである。

(注:2024年12月にユネスコ無形文化遺産に登録された「伝統的酒造り」は、こうじ菌を用いる日本酒・焼酎・泡盛等の製造技術を対象とする。登録と来訪者数の変化を結びつける公的なデータは、本記事執筆時点で確認できなかった)

つまり発酵ツーリズムは、制度が上から定義した領域ではない。自治体と民間の企画が、それぞれの範囲で使ってきた言葉である。

あわせて読む 食を観光資源として扱う全体像は、フードツーリズムのハブ記事で整理している。

市場の屋台に並ぶ串料理。賑わう食市場(錦市場とみられる)の情景。フードツーリズムのイメージ フードツーリズムとは 飲食費2兆円を「地方」と「単価」に変える

蔵の側は、国内需要が縮むなかにいる

観光を考える前提として、造り手の足元を押さえておきたい。

日本醤油協会の統計によると、しょうゆの出荷数量は2024年に681,019キロリットルだった。1989年(平成元年)を100とすると56.9で、35年で4割以上縮んでいる。

企業(工場)数は、1955年(昭和30年)の6,000から2024年の1,013になった(注:1955年と1960年の値は業界推定による)。ただし2005年に統計の精査が入り、それまで把握されていなかった企業が加わって一度増えているため、この2つの数字は同じ基準では直接つなげない。基準がそろう2005年以降だけを見ても、1,626から1,013へ、20年で4割近く減っている。

減り方は止まっていない。直近5年でも、毎年11社から42社ずつ減り続けている。

みそのほうは、直近だけ動きが違う。全国味噌工業協同組合連合会の集計では、実出荷は2017年から8年続けて減り、2024年に355,885トンまで落ちた。そこから2025年は362,356トンと前年比1.8%増で、9年ぶりに増加へ転じている。

一方で、外へ出る量は伸びている。しょうゆの輸出は2024年に47,489,639リットル、金額で121億8,906万円となり、数量で前年比15.5%、金額で21.3%増えた。みその輸出は2025年に23,825トン、金額71億4,180万円で、数量はほぼ横ばいのまま金額が13%伸びている。

ただし規模感は見誤らないほうがいい。単純に割ると、しょうゆの輸出量は同じ2024年の出荷数量の約7%、みその輸出量は2025年の実出荷の約6.6%に相当する(編集部算出)。

(注:日本醤油協会の出荷数量には輸出分が含まれる。また同統計は農林水産省大臣官房資料をもとに一部業界推計によるものである)(注:輸出の数量はいずれも財務省の貿易統計、国内の出荷は業界団体の集計で、作成主体も母集団も異なる。上の比率は内訳ではなく参考値である)

しょうゆの造り手は70年で6分の1になった
しょうゆの企業(工場)数の推移(1955〜2024年・単位は社)
しょうゆの企業(工場)数の推移(1955年から2024年) 日本醤油協会の統計によるしょうゆの企業(工場)数。1955年6,000社、1965年4,441社、1974年3,298社、1986年2,508社、1995年1,883社、2005年1,626社、2015年1,258社、2024年1,013社。約70年で6分の1になった。2005年に統計の精査で企業数が上方修正されたため、2004年1,429社から2005年1,626社へ一度増えている。各年の実数は図の下のデータ表を参照。 1955 1975 1995 2024 6,000社 1,013社
(注:2005年に統計の精査が入り、それまで把握されていなかった企業数が明確になったため2004年1,429から2005年1,626へ一度増えている。図では破線でその位置を示した。2004年以前と2005年以降を直接つないで増減を読むことはできない)(注:1955年と1960年の数値は業界推定による。1965年から2002年は農林水産省食糧庁・総合食料局資料、2010年以降は農林水産省大臣官房資料による)(注:企業(工場)数は年により調査間隔が異なる。横軸は年の実尺で描いている)(注:縦軸は目盛を持たない。実数は下のデータ表を参照)
出典:日本醤油協会「醤油の統計資料 2024年実績」1.企業(工場)数の推移をもとに編集部作成
この図表のデータを見る
企業(工場)数(社)出荷数量(キロリットル)
1955年6,000973,800
1965年4,4411,029,077
1974年3,2981,199,155
1986年2,5081,199,194
1995年1,8831,122,018
2005年1,626938,763
2015年1,258780,411
2024年1,013681,019

日本醤油協会「醤油の統計資料 2024年実績」1.企業(工場)数の推移、2.(1)出荷数量の推移。企業(工場)数は年により調査間隔が異なるため、1970年代・1980年代は1974年・1986年の調査値を用いた。1955年の出荷数量欄の値は、同統計の注②により出荷数量ではなく生産量である。1955年・1960年の企業(工場)数は業界推定値。出荷数量には輸出分が含まれる。2024年の出荷数量681,019キロリットルは平成元年対比56.9%。

訪日客が食に使う金額は伸びている。観光庁のインバウンド消費動向調査をもとに農林水産省が推計した「インバウンドによる食関連消費額」は、2025年に対前年比16.2%増の2.7兆円で過去最高となった。

同調査の2026年4-6月期をみると、旅行消費額に占める飲食費の構成比は21.7%で、前年同期の21.0%から上がっている。ただし同期の旅行消費額全体は前年同期比0.2%増とほぼ横ばいだった。また期間は異なるが、農林水産省の同じ資料は2026年1-6月の訪日外国人旅行者数が前年同期比2.0%減ったことも記している。上がっているのは食への支出の割合であって、来る人の数ではない。

(注:国内需要が縮んでいることと、蔵が観光に取り組むことのあいだに、因果を示すデータはない。ここでは、両者を結びつける仮説がまだ検証されていない状態として書いている)

もうひとつ、1,013という数字の読み方に注意がいる。これは企業(工場)の数であって、見学を受け入れられる施設の数ではない。ガイド付きの見学をやるなら、案内に人員を割く必要もある。1,013社をそのまま観光の受け皿の数として読むことはできない。

何人来たかを示す数字が、ほとんどない

発酵ツーリズムを事業として考えるとき、最初にぶつかるのが数字のなさである。

発酵メーカーの見学施設で年間の来訪者数が公表されているものを探した。当たったのは、企業の公式サイト、ニュースリリース、IR資料、サステナビリティ報告書、そして所在県の観光入込客統計である。この範囲で確認できたのは3件だけだった。

多いほうから並べると、愛知県の観光レクリエーション利用者統計にあるMIZKAN MUSEUM(半田市)の166,837人と、八丁味噌蔵(岡崎市)の144,907人。いずれも2025年の値である。3件目が笛木醤油の金笛しょうゆパークで、令和6年実績の年間工場見学者40,000名超だ。

本記事で確認できた年間来訪者数は3件
発酵の見学施設の年間来訪者数(愛知県は2025年、笛木醤油は令和6年)
発酵の見学施設で公表されている年間来訪者数 愛知県の観光レクリエーション利用者統計による2025年の値は、MIZKAN MUSEUM(半田市)166,837人、八丁味噌蔵(岡崎市)144,907人。八丁味噌蔵はカクキューとまるや八丁味噌を含むエリア一括の数値である。笛木醤油の金笛しょうゆパーク(埼玉県川島町)は自社発表で令和6年に年間工場見学者40,000名超。数え方も公表主体も異なるため、倍率として比較することはできない。 MIZKAN MUSEUM 166,837人 八丁味噌蔵 144,907人 金笛しょうゆパーク 40,000名超
(注:3件は数え方も公表主体も異なる。上の2件は愛知県「観光レクリエーション利用者統計」の観光入込客数で、ショップやレストランの利用者を含む施設来訪者の数である。金笛しょうゆパークの40,000名は同社が発表したガイド付き工場見学「金笛しょうゆ楽校」の参加者で、レストランや直売店だけを利用した人を含まない。倍率や合計として読むことはできない)(注:「八丁味噌蔵」は愛知県統計の観光資源名で、カクキューとまるや八丁味噌を含むエリア一括の数値。1社ごとの内訳は公表されていない)(注:金笛しょうゆパークの令和6年実績は「40,000名を超え」との公表で、棒の長さは40,000名として描いた)(注:埼玉県・千葉県・長野県・香川県の観光統計は分類別または地区単位の集計で、発酵メーカーの施設は収録されていない。図に3件しか並ばないのは、発酵の見学施設が3つしかないからではなく、企業の公表資料と自治体統計を当たった範囲で数字が3件しか見つからなかったためである)
出典:愛知県「観光レクリエーション利用者統計 参考資料(2025年)」、笛木醤油ニュースリリース(2025年9月5日)をもとに編集部作成
この図表のデータを見る
施設・エリア所在年間来訪者数(人・名)数え方公表主体
MIZKAN MUSEUM愛知県半田市166,837観光入込客数(施設来訪者)愛知県
八丁味噌蔵愛知県岡崎市144,907観光入込客数(施設来訪者)愛知県
金笛しょうゆパーク埼玉県川島町40,000ガイド付き工場見学の参加者笛木醤油

愛知県「観光レクリエーション利用者統計 参考資料」の2025年(1〜12月)。MIZKAN MUSEUMは2023年49,624人・2024年142,090人、八丁味噌蔵は2022年87,622人・2023年195,657人・2024年143,899人。2024年1〜2月にMIZKAN MUSEUMが0なのはリニューアル休館による。金笛しょうゆパークは笛木醤油ニュースリリース(2025年9月5日)の「令和6年実績で年間工場見学者数は40,000名を超え」による自社発表値。株式会社Mizkan Holdingsは2023年11月の自社リリースで、2015年11月の開業から2023年10月末までの累計来館者を約55万人と公表している。3件は数え方も公表主体も異なり、相互に比率で比較できるものではない。

この3件は、数え方も公表主体も違う。上の2件は愛知県の統計の観光入込客数で、ショップやレストランの利用者を含む施設来訪者の数である。笛木醤油の40,000名超は同社が発表したガイド付き工場見学の参加者で、レストランや直売店だけを利用した人は含まない。倍率で比べられる数字ではない。

それでも、この3件の並び方には意味がある。

ひとつは、施設ごとの年間値を行政の統計から取れるのが愛知県だけだったということだ。埼玉県の統計は分類別の集計で施設名を持たず、笛木醤油の数字も県統計には載らない。千葉県の銚子市の観光地点に醤油の施設はなく、長野県は観光地単位、香川県は4地区単位で、いずれもメーカーの施設は収録されていない。

もうひとつは、統計の単位である。愛知県のいう「八丁味噌蔵」は施設名ではなく、カクキューとまるや八丁味噌を含むエリアの呼び名だ。1社ごとの内訳は公表されていない。同じ統計のなかで、MIZKAN MUSEUMは1施設として、八丁味噌蔵は2社を含むエリアとして数えられている。

企業の側にも公表がないわけではない。株式会社Mizkan Holdingsは2023年11月のリリースで、2015年の開業から2023年10月末までの累計来館者を約55万人と公表している。ただしカクキュー、まるや八丁味噌、キッコーマン、ヤマサ醤油、マルコメ、ハナマルキ、石井味噌、ヤマロク醤油については、公式サイトもIR資料も所在県の統計も確認したが、来訪者数の記載は見つからなかった。

インバウンドの比率になると、さらに少ない。笛木醤油が公表した約1割以外に、数値で示している発酵メーカーは確認できなかった。愛知県の統計も日本人と外国人の別を持たないため、施設ごとの比率は算出できない。

事業として設計するなら、まずここが問題になる。比べる相手の数字がないということは、他地域の実績を目標やベンチマークに置きにくいということだ。自分の地域で何を数えるかは、自分で決めることになる。

1軒で全部そろえている蔵もある

先に断っておくと、見学に加えて飲食・物販・団体受付まで自社で備える蔵はある。

埼玉県川島町の笛木醤油は、2019年に金笛しょうゆパークをオープンした。工場見学「金笛しょうゆ楽校」は無料で、土日祝日も当日受付ができる。同社は開業から5年の参加者を15万人としている。敷地内にはレストラン、直売店、木桶バウムの工房が並び、2025年9月には創業235年記念事業として「江戸蔵」を開いて予約制の体験メニューを加えた。

長野県松本市の石井味噌も、1軒で完結している。味噌蔵の見学は無料で、日本語のガイドツアーが1日2回、英語のガイドツアーも1日2回ある。一度に最大304名の昼食を用意でき、大型バスが停まる駐車場を無料で持つ。公式サイトには旅行代理店受付フォームと団体予約専用ページが常設されている。

この2社に共通するのは、見学、飲食、物販、団体受付を同じ敷地または同じ事業者のサービスとして提供していることだ。見学を無料で開いても、その日の売上を受ける場所が同じ敷地にある。

問題は、これが再現しにくいことである。飲食や物販を持たない蔵が同じことをすれば、無料の見学は費用のまま残る。すべての蔵がレストランを併設し、団体を受ける人手を置けるわけではない。

開け続けられるとも限らない。千葉県銚子市のヒゲタ醤油は、工場見学・史料館・売店を「当面の間」休止しており、再開の日程は公表されていない。同じ銚子でヤマサ醤油が2023年7月に工場内案内を再開したのとは対照的だ。

(注:ヒゲタ醤油の告知に休止の理由は書かれていない。ここでは休止しているという事実だけを示している)

1軒で全部そろえられないなら、地域で分担することになる。これが「面」という言葉の実質である。

旅行商品に乗る蔵と、乗らない蔵

分担しようとしたとき、蔵の側の受け入れ条件がそろっていないことに気づく。

笛木醤油は団体予約を受けている。人数は16名から45名、予約は1年前から1か月前まで、大型バス2台分の駐車場もある。ただし公式サイトの団体案内は、参加費を無料としたうえで送客手数料の設定はございません、と書いている。

これは旅行会社の側から見ると小さくない。見学料も送客手数料もない以上、その蔵から直接の収益は得られない。行程に組み込むこと自体はできるが、交通・食事・企画料など別のところで収益を設計することになる。無料は蔵にとっては広報費だが、流通の側から見れば値段の付いていない部品である。

さらに逆の例もある。マルコメの本社工場見学は無料だが、公式サイトは募集型のツアーでの利用はできないと明記している。個人1名から9名、団体はバス1台40名までという枠で、少なくとも募集型の企画旅行には組み込めない。

ここで断っておきたいのは、断ることが怠慢ではないということだ。蔵は観光施設ではなく、稼働中の食品工場である。受入日は生産の都合で決まり、定員は衛生と動線で決まる。団体を受けないのは経営判断であって、能力の欠如ではない。

小さい蔵には別の出方がある。山梨県甲府市の五味醤油は、手前みそ教室を1口4,000円(税込・甲州みその場合)で開き、10口以上のグループにはプライベートレッスンや出張も受ける。幼稚園・保育園・小学校への出張教室も引き受けており、蔵の外へ出ていく形をとっている(注:教室の開催は12月から4月まで)。

体験そのものに値段を付けた例もある。ハナマルキの「みそ作り体験館」(長野県伊那市)は、体験料を2024年1月1日に3,500円(大人1名で1個・税込)へ改定した。理由として公式サイトが挙げたのは、原材料とエネルギー価格の高騰である。岐阜市の山川醸造は醤油蔵見学ツアーを大人1,000円・小学生500円で売り、小学校・中学校などの学校の授業での見学は無償にしている。

(注:見学や体験の有料化そのものをどう設計するかは、酒蔵の事例で価格と免許の制度まで含めて別記事に整理している。本記事では、地域で束ねるときに条件がそろわないことの一例として扱う)

団体を受けるかどうかと、旅行商品になるかどうかは別
味噌・醤油の蔵の受け入れ条件(各社の公表資料・2026年9月6日確認)
笛木醤油
金笛しょうゆパーク
(埼玉県川島町)
石井味噌
(長野県松本市)
マルコメ
本社工場
(長野市)
ハナマルキ
みそ作り体験館
(長野県伊那市)
見学・体験の
料金
無料無料無料3,500円
(大人1名で1個・税込)
団体・旅行商品
への対応
団体専用予約
フォームを常設
16〜45名・参加費無料
送客手数料の設定なし
旅行代理店受付
フォームを常設
昼食は最大304名
募集型ツアーでの
利用は不可と明記
団体はバス1台40名まで
定員20名
(1回)
予約一般は予約優先・
当日受付可
団体は1年前〜1か月前
ガイドツアーは
1日2回
個人はネットのみ
3日前まで
団体は電話のみ
180〜60日前
60日前から
7日前まで
多言語対応企業サイトに
英語版あり
英語ガイドツアー
1日2回
公表資料では
確認できず
英語サイトあり
笛木醤油
金笛パーク
石井味噌
マルコメ
本社工場
ハナマルキ
体験館
見学・体験の料金
無料
無料
無料
3,500円
団体・旅行商品への対応
団体フォーム
16〜45名
送客手数料なし
代理店フォーム
昼食304名
募集型ツアー
不可
定員20名
予約
一般は当日
受付可
団体は1か月前
1日2回
個人はネット
3日前まで
60日前〜
7日前
多言語対応
企業サイトに
英語版
英語ツアー
1日2回
確認できず
英語サイト
(注:笛木醤油の団体予約は川島町以外の学校・学校に準じた子ども団体を対象外としている)(注:石井味噌のガイドツアーは「開催できない場合もございます」との留保がある)(注:マルコメは2026年6月から8月まで改修工事で受付を停止していた。表は2026年9月6日時点の運用)(注:ハナマルキの体験料は大人2名で1個4,300円、3名で1個5,100円。2024年1月1日に3,500円へ改定された)(注:この4社のほかに、岐阜市の山川醸造は醤油蔵見学ツアーを大人1,000円・小学生500円で提供し、小学校・中学校などの学校の授業での見学は無償としている。山梨県甲府市の五味醤油は手前みそ教室を1口4,000円〈甲州みそ・12月から4月の開催〉で開き、10口以上のグループには出張やプライベートレッスンも受ける)(注:香川県小豆島町のヤマロク醤油は見学無料・予約不要で、公式サイトを5言語で用意している)
出典:笛木醤油・石井味噌・マルコメ・ハナマルキの各公表資料をもとに編集部作成

面で束ねる側からみると、この差は無視できない。代理店の窓口を常設している蔵、団体は受けるが送客手数料を設定しない蔵、募集型ツアーを断っている蔵が、同じ県内にも並んでいる。

束ねた2か月が残したもの

蔵をまとめて開いた企画がある。

「発酵ツーリズム東海〜うまみの聖地巡礼〜」は、2025年5月17日から7月13日まで、愛知・岐阜・三重の3県で開かれた。公式サイトの閉幕告知によれば、総来場者数は122,547名である。構成は「3つの展覧会と50の蔵開き、100のうまみ体験」だ。岐阜市と半田市の展覧会は入場無料で(半田赤レンガ建物の企画展のみ入場料500円)、そこから蔵見学、マルシェ、体験ツアーへ回遊させる設計になっている。

ただしこの12万人は、約2か月の期間限定企画の総来場者である。展覧会の入場者、蔵開きの来訪者、体験の参加者を合わせた数で、複数の会場を回った人が重ねて数えられている可能性もある。蔵見学そのものの需要を示す数字ではない。

そして公式サイトが告知しているのは、次回が3年後だということだ。少なくとも毎年開かれる企画ではない。2か月で12万人が動いた一方で、それを翌年以降どこが受けるのかは決まっていない。単発の企画と通年の受け皿のあいだが、発酵ツーリズムのいまの空白である。

系譜をたどると、この形は2019年の展覧会から続いている。d47 MUSEUMの「Fermentation Tourism Nippon」は、会期途中の6月末時点で来場者3万人(推定3.3万人)を突破したと主催者が公表し、会期を延長した。展示キャプションは日英併記で、会期中に山梨県への日帰りバスツアーも組まれている。

(注:2019年の展覧会について、会期全体の最終来場者数は公表されていない。ここで挙げた3万人は会期途中の6月末時点の数字である)

行政は「面」をつくり始めている

自治体の側も、点を線や面にする動きを始めている。

もっとも体制が大きいのは愛知県だ。愛知「発酵食文化」振興協議会は2024年5月1日に設立され、会長は愛知県知事、事務局は愛知県観光コンベンション局の国際観光コンベンション課が担う。構成員は104名で、内訳は有識者9、業界団体4、自治体42(愛知県知事と県内41市町村)、商工・観光団体43(うち県内観光協会40団体)、関係者6である。

同協議会の3か年事業方針(2025年度から2027年度)が掲げるビジョンは「発酵を”観光資源”として誇れる県 あいち」だ。誘客のターゲットには台湾、香港、アメリカを置き、海外旅行会社の招請ツアーや、協議会の構成員・業界団体加盟企業向けのインバウンド受入体験会を実施している。

新潟市はもっと小さい単位で線をつくった。市の公式サイトの観光モデルコース「【約4時間】『酒・味噌・麹』発酵のまちめぐり」は、新潟駅から沼垂テラス商店街、味噌蔵の峰村醸造、酒蔵の今代司酒造をつないで駅に戻る行程を示している。作成担当は新潟市政策企画部広報課だ。

このコースが4時間で収まっているのは、商店街と味噌蔵と酒蔵が徒歩と短い移動でつながる市街地にあるからである。徒歩で回遊できる市街地と、貸切バスが要る郊外とでは、同じ軒数でも行程の組み方が変わる。

福島県は、県の事業をより大きな枠組みに乗せた。「ふくしま発酵ツーリズム推進事業」は「美を醸すふくしま」を掲げ、「美を醸すふくしまナビゲーター」の認定を行ってきた。2026年2月6日にJRグループと福島県デスティネーションキャンペーン実行委員会が発表した資料では、同年4月から6月のふくしまDCの主な企画として「発酵ツーリズム福島」が「醸しをめぐるふくしま」の枠で紹介され、4つのテーマのひとつ「風の香〜食・酒・発酵〜」には「ふくしまの酒・味噌醤油まつり」が挙がっている。

石川県の能登では、文化庁の令和3年度「食文化ストーリー創出・発信モデル事業」として、能登半島広域観光協会が発酵食文化の調査を実施した。魚醤油、なれずし、能登の酒造り、かぶらずし、こんか漬けの5種類を主たる発酵食として整理した調査で、報告書は文化財保護法で新設された食文化の文化財登録を視野に入れた調査研究だと自ら位置づけている。石川県と9市町の文化財担当職員、県商工労働部の職員がオブザーバーとして参加した。

(注:この調査は2024年1月の能登半島地震より前のものである。震災と同年の豪雨により、能登の醸造事業者の一部は被災した。復旧の状況と、発酵を核とした観光の再開時期については、本記事執筆時点でまとまった公表資料を確認できなかった)

あわせて読む 食を目的に旅する動きは、ガストロノミーツーリズムとして政策の言葉にもなっている。

地域の食材を使った料理(ガストロノミーツーリズム) うちの地域の食は観光資源になるか ガストロノミーの設計

制度は「発酵」の名前では用意されていない

面をつくろうとしたとき、使える制度はどこにあるのか。ここが発酵ツーリズムのややこしいところだ。

先に見たとおり、国の施策は農泊、ガストロノミーツーリズム、酒蔵ツーリズムに分かれている。発酵という切り口で一括りにした支援メニューは、本記事の調査では確認できなかった。

地域単位で使える制度のひとつが農泊である。農林水産省の資料によれば、農泊地域は令和6年度末で全国673地域、延べ宿泊者数は867.6万人泊、うち外国人が74.8万人泊、売上高は1,598億円である。令和11年度までに1,200万人泊・2,200億円という目標が置かれている。

(注:売上高1,598億円は宿泊以外の体験・飲食・物販を含む地域全体の数値で、宿泊者数で割っても1泊あたりの宿泊費にはならない)

同じ資料は課題も書いている。農泊地域の1泊あたり平均宿泊費は13,196円で、観光旅行全体の18,940円に比べ安価にとどまり、農泊の高付加価値化が課題だとしている。

醸造の蔵が乗れる枠も、この農泊にある。農山漁村振興交付金の農泊推進型は、地域資源活用価値創出推進・整備事業のメニューとして、農泊地域の創出や経営強化、インバウンド向けの食関連消費拡大を支援する。交付先は地域協議会等、中核法人等、民間企業等で、地域協議会を通じて参画する形が中心になる。蔵が単独で対象になるかは、事業の内容と各年度の公募要件による。

高付加価値化の事例として同資料が挙げるのが、長野県佐久市のSAKU酒蔵アグリツーリズム推進協議会だ。現役の酒蔵での蔵人体験を1人あたり2泊3日89,800円(2.5畳の部屋)で提供し、英語で案内するツアーは1人139,800円、リピーター向けは1人199,800円とある。令和5年度は40%のインバウンド率を達成し、計31か国から受け入れたという記述もある(注:参加者の実人数は公表されていない)。

食に着目した認定制度もある。農林水産省のSAVOR JAPAN(農泊 食文化海外発信地域)は45地域を認定しており、その認定地域のひとつが、SAKU酒蔵アグリツーリズム推進協議会を実行組織とする佐久地域だ。文化庁の「100年フード」は累計329件を認定し、新潟県の「長岡・中越地域の雪国発酵・保存食文化」など発酵に関わる食文化が入る。同庁の「食文化ミュージアム」には、金笛しょうゆパークやハナマルキのみそ作り体験館、石井味噌の味噌蔵といった発酵の体験施設が並ぶ。

産品の側では地理的表示(GI)がある。農林水産省のGI登録産品は179件で、八丁味噌、いぶりがっこ、紀州金山寺味噌、鹿児島の壺造り黒酢などが登録されている。

額の大きい枠は、実は酒のほうにある。国税庁の令和8年度 酒類業振興支援事業費補助金は、海外展開支援枠の対象取組に「酒蔵の観光化や地域における酒蔵ツーリズムプラン策定の取組」を明記し、補助率2分の1、補助金額1,000万円以内を用意している。ただし補助対象者は酒類事業者、または酒類事業者を1者以上含むグループに限られる。味噌蔵や醤油蔵が単独でこの枠に申請することはできない。

(注:この枠は海外展開支援枠であり、目的は日本産酒類の輸出振興である。観光の受け入れ整備そのものへの補助として設計されたものではない)

酒に関しては、農家民宿や農園レストランを営む農業者が自ら醸したどぶろく等を提供できる構造改革特区の特例もある。酒税法が定める年間6キロリットルの最低製造数量基準を適用しない仕組みで、地域が醸造の体験を観光に組み込むときの選択肢になる。

体験を有料で提供するときの衛生面の扱いは、確かめておく必要がある。味噌づくりや麹づくりの体験を有料で提供する場合の許可・届出の考え方を正面から示した国の資料は、本記事の調査では見つからなかった。(注:食品衛生法施行令が定める営業許可業種には「みそ又はしょうゆ製造業」があり、その施設基準には製麹をする室または場所を持つことが含まれる。ただしこれは製造業の許可の話であって、来訪者向けの体験に同じ許可が要るという意味ではない)

とくに味噌づくりの体験は、仕込んだものを持ち帰り、家庭で数か月かけて発酵させる形が多い。施設内で提供する飲食とは、表示も、事故が起きたときの責任の所在も異なる。持ち帰りを伴う体験を有料で提供するときの扱いは、設計の段階で保健所に確認しておきたい。

(注:食品衛生基準行政は2024年4月に消費者庁へ移管された。営業許可・営業届出は引き続き厚生労働省の所管である)

「発酵」の名前が付いた国の支援メニューは見当たらない
発酵ツーリズムに関わる国の制度と、味噌・醤油の蔵から見た使い勝手
農林水産省農泊(農山漁村振興交付金 地域資源活用価値創出推進・整備事業 農泊推進型)
農泊地域は令和6年度末で673地域。延べ宿泊者867.6万人泊、うち外国人74.8万人泊
乗れる
SAVOR JAPAN(農泊 食文化海外発信地域)
認定45地域。醸造を正面に掲げるのは長野県佐久地域
乗れる
観光庁ガストロノミーツーリズムの推進
採択地域に発酵をテーマに掲げた事業がある
乗れる
国税庁酒類業振興支援事業費補助金(海外展開支援枠)
「酒蔵の観光化や地域における酒蔵ツーリズムプラン策定の取組」を対象取組に明記。補助率2分の1、補助金額1,000万円以内
単独では
対象外
文化庁100年フード
累計329件を認定。「長岡・中越地域の雪国発酵・保存食文化」など
認定のみ
食文化ミュージアム
金笛しょうゆパーク、ハナマルキ みそ作り体験館、石井味噌 味噌蔵などが認定
認定のみ
農林水産省地理的表示(GI)保護制度
登録産品179件。八丁味噌、いぶりがっこ、紀州金山寺味噌、鹿児島の壺造り黒酢など
産品のみ
内閣府構造改革特区「特定農業者による特定酒類の製造事業」(どぶろく特区)
農家民宿・農園レストラン等を営む農業者に、酒税法の最低製造数量基準(年間6キロリットル)を適用しない
農業者向け
(注:「乗れる」は味噌・醤油などの醸造の蔵を含む地域の取組が支援の対象になりうるという意味で、発酵を要件にした枠があるという意味ではない)(注:「単独では対象外」は、補助対象者が酒類事業者または酒類事業者を1者以上含むグループに限られ、味噌・醤油の製造者が単独では申請できないことを指す。グループの構成員としての参画は排除されていない)(注:「認定のみ」「産品のみ」は、認定や登録の制度であって観光の受け入れ整備に対する資金の支援ではないことを指す)(注:農泊の数値は農林水産省「農泊をめぐる状況について」令和8年2月3日時点。農泊推進型の交付先は地域協議会等、中核法人等、民間企業等で、蔵が単独で対象になるかは事業内容と公募要件による)(注:GIの登録産品数は令和8年7月10日現在。その他の認定件数は2026年9月6日に各省庁の公表ページで確認した)
出典:農林水産省、観光庁、国税庁、文化庁、内閣府地方創生推進事務局の各公表資料をもとに編集部作成

面をつくる前に決める4つのこと

面という言葉は大きいが、始まりは1本の行程である。新潟市の例は、駅から徒歩と短い移動でつながる商店街・味噌蔵・酒蔵を約4時間でまとめている。作成したのは市の広報課で、協議会も特別な予算も要っていない。

最初に決めることは4つに絞れる。

1つ目は移動時間。蔵と蔵のあいだの移動が長いほど、半日の行程に入る軒数は減る。蔵の数を数える前に、地図の上で所要時間を測るほうが早い。

2つ目は昼食。団体を受けられる飲食が行程のなかにあるか。石井味噌のように蔵が持っている場合もあれば、地域の飲食店に出す場合もある。佐久の事例が泊食分離で地域の飲食店に裨益させたように、どこで食べさせるかは配分の設計でもある。

3つ目は定員と受入曜日。仕込みの繁忙期に閉まる蔵、平日しか団体を受けない蔵、募集型ツアーを断っている蔵は、通年の商品には組み込めない。行程に入れる前に確認する。

4つ目は数え方。参加者を実人数で数えるのか、各施設の来場を足すのか。愛知県の統計が施設ごとの来訪者を数え、笛木醤油がガイド付き見学の参加者を数えているように、数え方が違えば数字は比較できなくなる。前年と比べたいなら、何を数えるかを先に決めておきたい。

追い風の裏にある制約

最後に、面をつくる側が織り込んでおくべきことを4つ挙げる。

1つ目は、市場そのものが小さいことだ。愛知「発酵食文化」振興協議会の3か年事業方針は、SWOT分析の脅威の欄に「発酵ツーリズム市場が小規模」「他地域も既に取組中」と挙げている。脅威を列挙するのはSWOTの手順どおりだが、104名の体制を組んだ当事者が、市場の小ささを織り込んでいることは押さえておきたい。

2つ目は、面には点にはない費用がかかることだ。誰が事務局を持ち、誰が調整の工数を負担し、補助が終わったあと何で回すのか。愛知の協議会の事務局は県が担い、国や自治体の補助事業を活用して立ち上がる企画もある。蔵1軒の見学は自社の広報費で続けられるが、面のほうは、既存の組織を使うにせよ、運営主体と財源を決めておかないと企画の終わりで止まる。

3つ目は、条件をそろえる誘因が誰にもないことだ。代理店の窓口を常設し、304名分の昼食を用意できる蔵にとって、地域の平均に合わせることは自社の条件を落とすことでもある。受け入れの体力がない蔵にとっては、合わせてもらう側の話になる。手数料の配分でも、送客の優先順位でも、共同の予約窓口の運営費の按分でもいい。そこを決めないまま足並みをそろえようと言っても、合意形成そのものが進まない。

4つ目は、面が点の事情をそのまま抱えることだ。旅行商品は1年先まで売る一方で、見学施設が休止することはある。銚子のヒゲタ醤油は工場見学を休止したまま再開日を公表していないし、しょうゆの企業数は毎年11社から42社ずつ減っている。能登では震災も加わった。何軒までなら欠けても行程が成り立つのか、代わりに入れられる蔵があるか。集客数と同じくらい、この余裕の設計が要る。

受け入れの前提として、発酵ならではの確認事項もある。しょうゆの原料には小麦が使われ、食品表示法が定めるアレルギー表示の対象になる。ムスリム旅行者を受け入れる場合は、原材料や製造工程、アルコールの扱いなど、施設が答えられる情報を先に整理しておきたい。判断の基準は製品や認証、旅行者本人によって異なるため、施設の側でできるのは説明の準備までである。

観光ビジネスの視点

周遊ルートをつくれ、という話ならどの分野にもある。発酵が難しいのは、束ねる相手が観光施設ではなく稼働中の食品工場だからだ。受入日は生産の都合で決まり、定員は衛生と動線で決まり、見学は無料の広報として設計されている。見学料も送客手数料もない素材から、旅行会社が直接の収益を得ることはできない。集客も飲食も物販も1軒で揃えている蔵はあるが、その割合を示す統計はなく、すべての蔵に同じことができるとも考えにくい。だから地域で分担することになるのだが、分担には事務局と費用と、そろえた側に何が返るのかという設計が要る。発酵ツーリズムの分かれ目は、蔵をいくつ並べられるかではない。製造現場である蔵の条件を旅行商品の条件に翻訳する担い手を、地域が誰かに担わせられるかどうかである。

よくある質問

発酵ツーリズムに公的な定義はあるのか。

ない。国の施策名は農泊(農林水産省)、ガストロノミーツーリズム(観光庁)、酒蔵ツーリズム(国税庁)に分かれており、発酵を切り口にした国の制度は確認できなかった。語は福島県や愛知県などの自治体の事業名、および2019年以降の民間の展覧会名として使われている。

発酵ツーリズムの市場規模はどれくらいか。

算出できない。業界全体を集計した統計が確認できず、個別の施設でも来訪者数の公表が少ないためである。企業の公表資料と自治体統計を当たった範囲で確認できたのは、愛知県の統計にあるMIZKAN MUSEUM 166,837人と八丁味噌蔵 144,907人(いずれも2025年)、笛木醤油の年間工場見学者40,000名超(令和6年)の3件だった。数え方が異なるため、足し合わせることもできない。

面をつくるのは誰か。

決まった主体はない。愛知県は知事を会長とする協議会(構成員104名)を置き、事務局を県の観光コンベンション局が担っている。新潟市は市の広報課がモデルコースを作成した。福島県は県の事業をJRグループとのデスティネーションキャンペーンに乗せた。共通するのは、蔵ではなく行政または実行委員会が主体になっている点である。

味噌蔵や醤油蔵が使える観光の補助金はあるか。

発酵を要件にした支援メニューは確認できなかった。国税庁の酒類業振興支援事業費補助金には酒蔵ツーリズムの枠があるが、補助対象者は酒類事業者、または酒類事業者を1者以上含むグループに限られる。醸造の蔵が観光の受け入れ環境を整える場合は、農山漁村振興交付金の農泊推進型に、地域協議会の構成員として乗る形が実際に使える選択肢になる。

味噌づくり体験を有料で提供するのに許可は要るか。

体験の内容、製品の扱い、持ち帰りの有無によって判断が分かれるため、所轄の保健所に事前確認するのが確実である。体験を有料で提供する場合の考え方を正面から示した国の資料は、本記事の調査では見つからなかった。仕込んだものを持ち帰らせる形は、施設内で提供する飲食とは表示も責任の所在も異なる。なお食品衛生基準行政は2024年4月に消費者庁へ移管され、営業許可・営業届出は引き続き厚生労働省の所管である。

補助が終わったあと、面はどう続けるのか。

公表資料からは答えが見つからなかった。愛知の協議会の事務局は県が担い、補助事業を活用して立ち上がる企画もある。発酵ツーリズム東海は3年後の再開催を告知しているが、通年の受け皿をどこが持つかは示されていない。運営主体と継続の財源を先に決めておくことが、面をつくる判断そのものになると考える。

出典

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