オーバーツーリズム対策の原典は8年前にある
オーバーツーリズムへの対策が、いま各地で手探りで進んでいる。宿泊税の導入、人気スポットの予約制、二次交通の整備。こうしたオーバーツーリズム対策の打ち手について、2018年時点でまとめた報告書が『‘Overtourism’? – Understanding and Managing Urban Tourism Growth beyond Perceptions』だ。
UN Tourism(旧UNWTO=国連世界観光機関)が韓国・ソウルの都市観光サミットで発表したもので、都市の来訪者増を管理するための11の戦略と68の施策、あわせて12の政策提言を示している。
この報告書は、都市の混雑対策を11戦略・68施策に整理した代表的な国際資料のひとつだ。2019年には事例集(第2巻)も加わり、対策を体系的に見渡すうえで、いまも参照される。
近年のUN Tourismの動きはむしろ「測る」側にある。2024年には国連統計委員会が「SF-MST」を採択した。これは観光が環境・社会・経済に与える影響を共通のものさしで数値化する国際的な統計の枠組みで、各国が同じ尺度で持続可能性を測れるようにするものだ。新しい対策戦略ではなく統計整備だが、後述する戦略⑪(モニタリング)の考え方と接点がある。
この報告書が当時新しかったのは、混雑を「来訪者が多すぎる問題」と単純化せず、対策をめぐる4つの“よくある誤解”を正してみせた点にある。
第一に、混雑は来訪者の数だけでなく管理能力の問題であること。第二に、混雑はたいてい都市全体ではなく特定の場所で起きる局所的な現象であること。第三に、混雑は観光だけが原因ではないこと。第四に、スマート技術による解決策だけでは混雑は解消しないこと。来訪者の総量を減らせばよい、という発想に早い段階でくぎを刺していた。
「11の戦略」は4つのまとまりで読める
11の戦略は数が多く見えるが、性質ごとに整理すると見通しがよい。

ひとつ目は分散である。来訪者を市内や周縁地域へ振り分ける(戦略①)、時間帯で分ける(②)、新しい周遊ルートやアトラクションをつくる(③)。混雑の局所性に対応する打ち手だ。
ふたつ目は需要のコントロール。規制を見直し状況に合わせて適応させる(④)、来訪者をセグメントに分けて狙いを定める(⑤)。
みっつ目は住民と地域への還元。地域社会が観光から便益を得られる仕組みをつくる(⑥)、住民と来訪者の双方に資する都市体験を設計する(⑦)、都市インフラや施設を改善する(⑧)。
よっつ目は対話とモニタリング。地域のステークホルダーと関わる(⑨)、来訪者と対話する(⑩)、そして状況を継続的に測って対応策を設定する(⑪)。
報告書が一貫して強調するのは「万能の解はない(no one-size-fits-all)」という姿勢だ。住民の態度を理解し地域社会を巻き込むことを、分散や規制と並ぶ重要な要素に据えている。
実際、この報告書は欧州8都市(アムステルダム、バルセロナ、ベルリン、コペンハーゲン、リスボン、ミュンヘン、ザルツブルク、タリン)の住民意識調査を土台にしている。混雑を単なる来訪者数の問題として扱わず、住民がどう受け止めているかを起点に置いたのが特徴だ。
日本の施策を11戦略に当てて読む
この枠組みを日本の現状に重ねると、「やっていること」と「これからの宿題」が見えてくる。

この11戦略を1つずつ日本に当てると、進み具合の濃淡が見えてくる。
来訪者を分散させる
①市内・周縁への分散では、観光庁が2023年10月の「オーバーツーリズムの未然防止・抑制に向けた対策パッケージ」を起点に、混雑地から周辺や地方へ来訪者を振り分ける地域を支援している。その後の観光庁の事例集には、札幌、鎌倉・藤沢、高山、白川村、竹富町などの地域が並ぶ。
基本計画も地方誘客による需要分散を掲げる。取り組みは各地に広がるが、分散の効果が表れるのはこれからだ。
あわせて読む 二次交通の現場と観光庁予算の使い道は、それぞれこちらで詳しく解説している。
②時間帯の分散では、混雑のピークをずらす工夫が進む。京都市は「観光快適度マップ」で主要エリアの混み具合を時間帯別に5段階で予測し、ライブカメラの映像とあわせて公開している。寺社の早朝拝観や夜間特別公開も平準化策にあたる。京都など先進地が先行する一方、全国への広がりはこれからで、途上といえる。
③新しい周遊ルート・アトラクションの創出は、基本計画がアドベンチャーツーリズムやガストロノミー、歴史的資源の活用を掲げる領域だ。新たな滞在の受け皿づくりを促すが、これらが混雑分散にどれだけ効いたかを示すデータは乏しい。方針が中心で、効果はこれから見えてくる段階だ。
あわせて読む 混雑と価格の関係と、サステナブルツーリズムの全体像は、それぞれこちらで詳しく解説している。
需要を調整する
④規制の見直し・適応は、近年、具体例が目立つ領域だ。広島県廿日市市は2023年10月、宮島を船で訪れる人に1回100円(年間一括は500円)の宮島訪問税を導入した。
富士山では2025年以降、山梨側・静岡側ともに1人1回4,000円の負担を求める仕組みとなり、条例で裏づけられた。山梨側は通行料に加え、1日4,000人の上限と午後2時〜翌午前3時のゲート閉鎖を設ける。静岡側は入山料に加え、事前学習と、その時間帯に入山する場合の山小屋宿泊の確認を義務づけている。
民泊は住宅宿泊事業法が提供日数を年180日に制限し、自治体が条例で区域・期間の上乗せをかけられる。規制の整備は進んでいる。
⑤来訪者セグメンテーションの強化は、来訪者の層を選んで狙う発想だ。観光庁は2023年3月に高付加価値なインバウンド観光地の「モデル観光地」を11地域選び、2024年9月に3地域を加えて計14地域とした。
観光庁によれば、旅行中の消費額が大きい高付加価値旅行者は2023年時点で訪日客全体の約2%だが、消費額では約19%を占める。少人数で大きく落とす層に照準を合わせる発想だ。選定は済んだが、成果が出るのはこれからだと言える。
住民・地域に還元する
⑥地域社会が観光から便益を得る仕組みでは、宿泊税が受け入れ環境の整備や混雑・ごみ対策の財源になり得る。東京都が2002年に導入して以降、大阪・京都・福岡・北海道倶知安町などに広がった。
東京都は2026年3月の条例改正で、宿泊税の使途を「都の観光施策に関する計画に基づく施策」とすることを条例上明確化した。見直しの過程では、ごみ問題や混雑対策、民泊の適正運営などサステナブル・ツーリズム関連への活用方針も示していた。導入自治体は増え続けており、進んでいる。
⑦住民と来訪者の双方に資する都市体験づくりは、基本計画が「住んでよし、訪れてよし」に「働いてよし」を加え、住民満足と観光の両立を打ち出した領域だ。京都市は伏見稲荷周辺で住民協議の場を設けるなど体制づくりを進める。ただし、住民への便益を具体的に示す事例はまだ乏しく、これからの段階だ。
⑧都市インフラ・施設の改善では、基本計画が生活道路の渋滞対策、パークアンドライド駐車場、スマートごみ箱、手ぶら観光などを挙げる。京都市は荷物を運ぶ「手ぶら観光」を公共交通の混雑緩和策として進める。国の方針には位置づいたが、実装の度合いは地域差が大きい。
対話し、測る
⑨地域ステークホルダーとの対話・関与は、国の枠組みが整った領域だ。観光庁は2023年10月、観光立国推進閣僚会議で対策パッケージを決定し、地域協議会での合意形成を支援する。
基本計画はさらに、住民を含む関係者の協議の場を設け対応計画をつくる地域を、2025年の47地域から2030年に100地域へ倍増させる目標を掲げた。枠組みは整い、運用が広がりつつある状況だ。
⑩来訪者との対話・関与は、観光客にマナーや協力を直接伝える取り組みだ。京都市は多言語の「MIND YOUR MANNERS」などで啓発を続け、祇園では地区協議会がマナー看板を設けている。
ただしこれは行政の罰則付き規制ではなく、地域が主体の啓発が実体だ。京都のように情報発信や啓発は進むが、来訪者との双方向の対話や行動変容の検証まで含めると、本稿の評価ではなお途上とみる。
⑪モニタリングと対応策の設定は、状況を測って対応を見直す仕組みだ。京都市の観光快適度マップは混雑の可視化と情報発信を兼ね、繁忙期ごとに定例で発信される。
基本計画は「両立に取り組む地域数」を新たな目標に置いた。ただしこの指標は混雑度や住民満足度を直接測るものではなく、住民を含む協議の場と計画策定の有無を数えるものだ。
冒頭で触れた国際統計の枠組みSF-MSTも、モニタリング重視の流れと接点がある。ただし、日本の各地域で混雑度や住民影響を測る共通指標が整ったわけではなく、これからの段階だ。
こうして並べると
11戦略に当てると、日本は④規制と⑥財源確保で具体策を積み、①②の分散・可視化でも先進地が育ってきた。一方で、対話とモニタリング(⑨〜⑪)は国の政策目標として明確化されたものの、協議の場や計画策定を実効的な改善につなげる段階にある。本稿の評価では、分散・規制・財源確保に比べ、運用の成熟度を見極める余地が大きい。
日本の課題は、新しい対策メニューの不足だけではない。分散も規制も還元も、各地で手が打たれつつある。抜けがちなのは、住民の声を測り続け、それを計画に反映する仕組みの定着だ。本稿の見立てでは、日本で整備がこれからなのは戦略⑨〜⑪の対話・モニタリングであり、基本計画の「両立100地域」目標はそこを埋めにいくものだ。ただし協議の場をつくることと、それを機能させ続けることは別物である。100という数の達成より、各地の協議が形式に終わらず対応計画に結びつくかが、次の数年で問われる。
出典
- UN Tourism「‘Overtourism’? – Understanding and Managing Urban Tourism Growth beyond Perceptions」(報告書ページ/ファクトシート2018年9月/Volume 2: Case Studies 2019年3月)
- UN Statistics Division/UN Tourism「Statistical Framework for Measuring the Sustainability of Tourism(SF-MST)」(国連統計委員会 第55会期、2024年採択)
- 観光庁「観光立国推進基本計画」(令和8年3月27日閣議決定)/内閣官房 閣議決定資料
- 観光庁「オーバーツーリズムの未然防止・抑制に向けた対策パッケージ」(2023年10月)/「持続可能な観光地域づくり」事例
- 観光庁「高付加価値なインバウンド観光地づくり(モデル観光地)報道発表(2023年)」
- 観光庁「高付加価値なインバウンド観光地づくり(モデル観光地)報道発表(2024年)」
- 廿日市市「宮島訪問税」/山梨県・静岡県(富士山の入山・通行料、令和7年度)
- 東京都主税局「宿泊税」/総務省(法定外税)/京都市「観光快適度マップ」「マナー啓発の取組」






