白書が宿泊業の人材・生産性を主題に選んだ理由
観光庁は2026年7月10日、令和8年版の観光白書を公表した。白書は観光立国推進基本法に基づき、観光の状況と政府の施策を毎年国会に報告するもので、正式名称は「令和7年度観光の状況 令和8年度観光施策」だ。今回は第I部で「『働いてよし』の観光産業の実現に向けて〜宿泊業の人材確保と生産性の向上〜」をテーマ章に据え、宿泊業の人材と生産性を正面から扱った。
観光全体を映す主要な数字は、いずれも過去最高を更新した。2025年の訪日外国人旅行者数は4,268万人(前年比15.8%増)、旅行消費額は9兆4,549億円(同16.4%増)に達した。訪日客と日本人の旅行を合わせた「日本国内における旅行消費額」も37.6兆円(同9.6%増)と過去最高になった。数字の上では、コロナ禍からの回復という局面はすでに過ぎ、観光は記録更新の段階に入っている。
その好調のなかで、白書があえて人材・生産性を主題に選んだのには理由がある。政府は2026年3月27日に閣議決定した観光立国推進基本計画(第5次)で、三本柱の一つに「観光地・観光産業の強靱化」を掲げた(ほかは「インバウンドの戦略的誘客と住民生活の質の両立」「国内交流・アウトバウンドの拡大」)。訪日需要が記録を更新しても、それを現場で支える宿泊業が整わなければ持続しない。呼び込む政策に加え、それを支える観光地・観光産業の強靱化も、政策の重要な柱となった。
人手不足72%の現場で、生産性は上向き始めた
白書が示した宿泊業の姿は、そうした華やかな数字とは対照的だ。観光庁が宿泊施設に実施したアンケート(回答522施設)では、「人手不足の状況にある」と答えた施設が72.2%に達した。年間売上高で分けると、中規模(1億〜10億円)が77.1%、大規模(10億円以上)が69.9%、小規模(1億円未満)が66.0%と、規模を問わず人が足りていない。
処遇の差も大きい。常用労働者10人以上の民営企業で働く一般労働者(パートタイムを除く)の年間賃金総支給額は、2025年で宿泊業が413万円、全産業が546万円と、約76%の水準にとどまる。パートを除いてなお差があるうえ、非正規雇用の割合は54.7%と、全産業の36.5%を大きく上回る。
ただし、明るい変化も見えている。宿泊業の労働生産性は2024年度に従業員一人当たり587万円まで上がり、全産業(817万円、金融・保険業を除く)の72%に達した。2022年度の464万円(全産業比63%)、2023年度の429万円(同55%)からの改善で、白書が示す近年のなかでは最も高い水準だ。人手不足のなかでも、現場が生み出す価値は着実に伸びている。
| 宿泊業 | 全産業 | 宿泊業/ 全産業 |
|
|---|---|---|---|
| 労働生産性 (2024年度) | 587万円 | 817万円 | 72% |
| 年間賃金 (2025年・一般労働者) | 413万円 | 546万円 | 76% |
| 非正規雇用の割合 (2025年) | 54.7% | 36.5% | 約1.5倍 |
全産業
生産性の上昇は、賃金の原資を生み、人を呼び込む力にもなる。人手が足りないまま需要だけが伸びれば現場は疲弊するが、生産性が上がれば、その循環を良い方向へ回せる。白書が生産性向上と人材確保を並べて論じたのは、この二つが同じ課題の表と裏だからだ。
あわせて読む 観光人材の全体像と、賃金水準が最下位にある構造は、それぞれ別の記事で扱っている。
注目したいのは、生産性がすでに上向き始めている点だ。全産業比は2022年度の63%から2024年度の72%へと改善し、近年で最も高い水準に届いた。賃金(全産業の約76%)や非正規比率(1.5倍)といった処遇の差はまだ大きい。生産性がなぜ上向いたのか、値上げによるものか省力化によるものかの見きわめはこれからだが、方向は前向きだ。過去最高のインバウンド消費という追い風もある。この果実を設備や省力化への投資と処遇改善に振り向けられれば、「働いてよし」は掛け声ではなく現実の目標になる。宿泊業はいま、その転換点に立っている。
出典
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