フードツーリズム(食を目的とした旅行)は、訪日需要のなかで存在感を増している分野のひとつだ。食目的の旅行だけを切り出した統計はないが、近い指標である訪日外国人の飲食費は2025年に2兆688億円(2025年暦年・確報値)に達し、前年の1兆7,440億円を上回った。費目別では宿泊費・買物代に次ぐ第3位、構成比は21.9%だ。買物代の構成比が下がる一方で飲食費は上がっている。訪日消費の中心はなお宿泊費と買物代だが、飲食費はこの2費目に次ぐ規模で存在感を増している。
ただし事業者にとって重要なのは、この総量ではない。同じ一食を「安く満たすもの」で終わらせるか、「高く売れる観光資源」に変えられるかが成否を分ける。
このページは「フードツーリズム(食)」分野の入口として、市場の全体像・主要な論点・事業者タイプ別の打ち手を解説する。
この記事のポイント
- 2025年の訪日飲食費は2兆688億円(確報値・構成比21.9%)で過去最高、買物代との差を縮めながらコト消費を押し上げている。
- 農水省推計の「食関連消費額」は2024年で2.3兆円、2030年に4.5兆円を目指す成長分野だ。
- 主要論点は高付加価値化・食の多様性対応・地方分散の3つで、業種・規模によって打ち手は変わる。
- 食は「旅マエの期待→旅ナカの体験→旅アトの輸出」を一本の線でつなぐと単価が上がる。
フードツーリズムとは 食が旅の目的になる観光テーマ
フードツーリズム(food tourism)とは、その土地ならではの食材・料理・食文化を楽しむことを目的に含んだ旅行と、それに伴う一連の経済活動を指す。「食を目的とした旅行」とほぼ同義で使われ、政策の文脈ではガストロノミーツーリズムという呼び方が定着している。観光庁はこれを「その土地の気候風土が生んだ食材・習慣・伝統・歴史などによって育まれた食を楽しみ、食文化に触れることを目的としたツーリズム」と定義する。
この分野が経営課題として重要なのは、食が訪日前の期待の上位にあるからだ。観光庁の調査で「日本食を食べること」は訪日前に期待することの上位に一貫して入り、食は来訪のきっかけになりうる観光資源だ。単なる滞在中の出費ではなく、人を呼び、地域に金を落とさせる資源として設計できる点に、食ならではの伸びしろがある。
しかも食に関わる事業者は広い。飲食店だけでなく、宿泊施設の館内レストラン、農林漁業の生産者、酒蔵や醸造所、道の駅や直売所、料理教室や食の体験事業まで、観光消費の入口に立つ多くの担い手が関わる。だからフードツーリズムは飲食業だけの話題ではなく、観光に関わる事業者に広く横断する経営テーマである。
この記事で使う主な統計の読み方
食の数字は、調査ごとに「何を食の消費として数えているか」が違う。費目の定義が重なり合うため、本記事で使う主な指標の意味と注意点を先に示す。
| 用語 | 意味 | 注意点 |
|---|---|---|
| 飲食費(インバウンド消費動向調査・観光庁) | 訪日客が滞在中に支出した飲食費の推計 | 宿泊施設に含まれる食事代は宿泊費側に入ることがあり、外食・買い食いが中心 |
| 食関連消費額(農水省推計) | 飲食費に加え、食料品の土産購入なども含めた農水省の推計 | 観光庁の「飲食費」より範囲が広く、2024年で2.3兆円。費目定義が異なり単純比較はできない |
| 6次産業化の販売額(農水省) | 1次(生産)×2次(加工)×3次(販売・サービス)を一体化した事業の販売額。加工・直売・観光農園等を含む | 観光客以外の購入も含む。インバウンド分だけを取り出した値ではない |
| 農泊 | 農山漁村に滞在して食や生活文化を楽しむ旅行 | 「民泊(住宅宿泊事業)」とは別概念。延べ宿泊者数は日本人を含む総数 |
飲食費2兆円の中身、買物頼みから滞在消費へ

この図表のデータを見る
| 費目 | 2024年(%) | 2025年(%) |
|---|---|---|
| 宿泊費 | 33.6 | 36.6 |
| 買物代 | 29.5 | 27.0 |
| 飲食費 | 21.5 | 21.9 |
| 交通費 | 10.7 | 10.0 |
| 娯楽等 | 4.7 | 4.5 |
| その他 | 0.0 | 0.1 |
構成比。確報値。
2025年の訪日外国人旅行消費額9兆4,549億円(確報値)のうち、飲食費は2兆688億円を占める。費目別の構成比をみると、宿泊費が36.6%(3兆4,578億円)で最大、買物代27.0%(2兆5,541億円)、飲食費21.9%(2兆688億円)と続く。前年からの変化が示すのは構造の転換だ。買物代の構成比が29.5%から27.0%へ下がる一方、飲食費は21.5%から21.9%へ上がった。
一般客の1人当たりでみても、飲食費は5万円で、宿泊費(8万4千円)・買物代(6万1千円)に次ぐ。土産物の「爆買い」に頼ってきた事業者ほど、滞在中の食・体験へ投資の比重を移す必要がある。
さらに視野を広げると、農林水産省は観光庁データをもとに、飲食費に食料品の土産なども加えた「食関連消費額」を2024年で2.3兆円と推計し、過去最高だとしている。政府はこれを2030年に4.5兆円へ伸ばす目標を掲げる。食は、訪日需要のなかでも明確に「伸ばす」と位置づけられた成長分野である。
食消費は「旅ナカ・体験・旅アト」で読み分ける
食の市場を事業判断に使うには、金額の大小だけでなく「どこで稼ぐか」を旅マエ・旅ナカ・旅アトの時間軸で読み分けるのが要点だ。
旅ナカで効くのは、滞在中の外食と買い食いだ。飲食費2兆688億円の中心はここにあり、市場・屋台・ご当地グルメといった「食べ歩き」から、レストランでのコース体験まで幅が広い。客単価を上げる余地が最も大きいレイヤーでもある。
体験で効くのは、食を「見る・作る・知る」コンテンツだ。料理教室(寿司握り・そば打ち・だし)、酒蔵やワイナリーの見学・試飲、農業・漁業体験などがこれにあたる。こうした体験は、滞在が長く単価の高い欧米豪のリピーターと相性がよく、食事に体験を組み合わせる旅のスタイルが広がりつつある。
旅アトで効くのは、帰国後も続く購買だ。気に入った食材や酒を母国で買い続ける流れは輸出につながる。2025年の農林水産物・食品の輸出額は1兆7,005億円(前年比+12.8%・13年連続過去最高)、うち清酒は458.8億円に達した。農林水産省は、旅マエ・旅ナカ・旅アトを通じた食関連消費と食品輸出の「好循環」を成長の絵として掲げている。この3つのどこで自社が稼ぐのかを先に決めることが、限られた投資の配分判断の出発点になる。
高付加価値化は「安さ」をどう脱するか
食を観光資源にするうえで最初の壁は、地方の食がまだ安く売られていることだ。農山漁村に滞在する農泊を例にとると、2024年度(令和6年度)の延べ宿泊者数は867.6万人泊(全国673地域)とコロナ前を上回ったが、平均宿泊費は1万3,196円で、観光全体の平均1万8,940円を下回る。農水省自身も「高付加価値化が課題」と明記している。
ここでのトレードオフは、薄利のまま数を増やすか、単価を上げて少数から深く稼ぐかである。有力な選択肢は後者だ。長野県佐久市の「SAKU酒蔵アグリツーリズム」は、現役の酒蔵での蔵人体験を2泊3日8万9,800円から、リピーター向けには19万9,800円で提供し、2023年度にはインバウンド比率40%(31か国)を達成した。地場の食材・酒・生産者という既存資産を「体験」に束ね直すことで、宿泊単価の常識を超える価格が成立している。ただしこれは酒蔵という希少な資源と既存の知名度を前提とした一例で、どの地域でも同じ価格が成立するわけではない。
ただし高付加価値化は万能ではない。体験商品の設計には地域内の合意形成と人手が要り、薄く広く数を取る戦略が合う立地もある。自地域の食材・担い手・季節性を棚卸ししたうえで、どのレイヤーで単価を上げるかを見極めるのが要点だ。
あわせて読む 訪日客の市場全体と、食を体験商品に仕立てる設計は、それぞれこちらで詳しく解説している。
食の多様性対応はどの市場から始めるか
食で客を取りにいく前提として、「食べられない人を取りこぼさない」受け入れ体制が問われる。論点は宗教・主義・アレルギーにまたがる。訪日ベジタリアン・ヴィーガン等の旅行者は約128万人(2023年・全訪日客の約5.1%)で、推計年間飲食費は約609億円にのぼる。ベジタリアン比率は国別ではインドが20.2%と突出し、台湾も12.3%と高い。加えて、ムスリム比率の高いマレーシア(66.1%)・インドネシア(87.0%)など東南アジア市場の拡大も続き、ハラル対応の必要性が増している。
ここでのトレードオフは、限られた受け入れ投資をどの市場の食対応から先に振り向けるかである。文化的に近い市場は既存メニューの小さな改修で取り込めるが、ムスリムやヴィーガンには成分表示・調理動線・認証など固有の投資が要る。実際、ムスリム旅行者の約7割は豚肉・豚由来の有無を「確認できなければ口にしない」とし、最大の困りごとは成分表示の不足と対応店の少なさだった。
裏を返せば、多言語の成分表示メニューを整えるだけでも消費機会は広がる。投資の重さと市場の規模・単価を見比べ、費用対効果の高いところから着手するのが定石だ。観光庁のおもてなしガイドには、ヴィーガン対応で外国人比率が7割前後に達する飲食店も紹介されている。
あわせて読む 地産地消や地域経営の視点は、こちらで詳しく解説している。
地方創生・DMOとは 観光で地域が稼ぐ仕組みの全体像
食は地方分散の起点になる
インバウンドの拡大は、東京・大阪・京都への集中という副作用を伴う。2025年の訪日消費のうち地方部は2兆1,338億円(24.7%)にとどまり、四分の三は三大都市圏に落ちている。一方で、食材や郷土料理、酒蔵といった食の資源は地方にこそ厚く眠っている。
これは事業者にとってリスクであると同時に機会でもある。食は土地に固有で動かせないからこそ、「ここでしか食べられない」一皿は地方へ客を引き寄せる強い動機になる。農泊のインバウンド宿泊が74.8万人泊(全体の8.6%)にとどまる現状は、裏返せば伸びしろの大きさでもある。
ただし食による地方分散は、看板を出すだけでは成立しない。二次交通、宿泊容量、多言語対応、予約導線、そして「なぜこの土地でこれを食べるのか」という物語化がそろって初めて、混雑緩和と地域消費の増加が両立する。都市の集客効率を捨ててでも地方に張るには、これらへの先行投資という固定費を負う判断が要る。とくに長期滞在で単価の高い欧米豪は、条件が整った地域でこそ取り込める。
事業者タイプ別の打ち手
食の論点は業種を横断する。自社の立場から、まず見るべき数字と最初の打ち手は次のとおりだ。
- 宿泊事業者
まず外国人客の客単価と館内飲食の評価を見る。初手は地場食材を使った高単価コースや朝食の差別化で、宿泊単価を食で押し上げる。
関連ガイド:宿泊業の全体像・観光体験の全体像 - 飲食事業者
まず外国人客の単価・決済手段・食制限表示の有無を見る。初手は多言語/成分表示メニューのデジタル化とキャッシュレス、客単価を上げる体験型の食提供だ。
関連ガイド:観光DXの全体像・インバウンドの全体像 - 生産者・農林漁業者
まず6次産業化・直売の観光客比率を見る。初手は農業・漁業体験や直売所の着地型商品化(現地発の体験商品づくり)で、生産現場を「体験」に変える。
関連ガイド:観光体験の全体像・観光新規事業の全体像 - 酒蔵・醸造事業者
まず来訪者数と輸出の連動を見る。初手は蔵見学・試飲の有料コンテンツ化と越境EC(海外向けネット通販)で、旅ナカの体験を旅アトの購買につなぐ。
関連ガイド:観光体験の全体像・インバウンドの全体像 - 自治体・DMO
最大のボトルネックは食材・飲食店・宿の合意形成と高付加価値化だ。来客数でなく食の客単価・滞在日数で市場を選ぶ。
関連ガイド:地方創生・DMOの全体像・観光政策の全体像
食を観光資源に変える5ステップ
業種を問わず、フードツーリズムは次の順で進めると迷わない。
- 食の資源を棚卸しする。
自地域の食材・郷土料理・酒・生産者・季節の行事を洗い出し、「ここでしか食べられない理由」を言葉にする。歴史や風土とのつながりを語れるものほど、体験商品にしたときの単価を高くできる。 - 狙う客層を決める。
高単価で滞在の長い欧米豪を狙うのか、市場拡大が続く東南アジア・中東を狙うのかで、必要な投資が変わる。前者は体験の作り込み、後者はハラル・ベジタリアンなど多様性対応が先に要る。資源と投資余力に照らして一方に寄せる。 - 受け入れの基礎を整える。
多言語・成分表示のメニュー、キャッシュレス決済、オンライン予約を用意する。とくに成分表示は、宗教・アレルギーで「食べられない」客の取りこぼしを防ぎ、最小の投資で消費機会を広げる。 - 食を「体験」と「持ち帰り」に商品化する。
食事に、調理体験・生産現場の見学・生産者との交流を束ねて別料金の商品にする。気に入った食材や酒を帰国後も買える越境EC・通販まで用意すると、旅アトの売上が積み上がる。 - データで検証し、重点を見直す。
客単価・滞在日数・再訪率を客層別に測り、効いた商品と市場へ資源を寄せる。来客数ではなく「1人がいくら食に使ったか」を物差しにすると、高付加価値化の進み具合が見える。
このテーマを深掘りする
本記事で触れた論点は、今後それぞれの専用記事で順次深掘りしていく。
- 食の考え方:ガストロノミー
- 受け入れ対応:インバウンドの食事対応(ハラール・ヴィーガン・アレルギー)
- 地域の食を売る:地産地消・6次産業化 ・ 酒蔵ツーリズム
飲食費2兆688億円・1人5万円は、もはや「ついでの出費」ではない。買物頼み一辺倒が見直されるなかで、食は訪日のコト消費を押し上げる存在になりつつある。追い風は政策にもある。観光庁は第4次計画(2023年)でガストロノミーツーリズムの推進を盛り込んで以降、専用の推進事業を続けており、第5次計画(2026年3月27日閣議決定)では食文化の発信を食品輸出の「稼ぐ力」に結びつける連携強化が新たに明記された。国も力を入れる分野になりつつある。
それでも問われるのは、その一食をいくらで売るかだ。農泊の平均宿泊費が観光全体平均を下回る現実が示すように、日本の地方の食はまだ「安く満たすもの」として売られている。同じ食材でも、物語と体験を束ねれば単価は数倍に変わる。食の強みは、旅マエに期待を生み、旅ナカで体験させ、旅アトに輸出で回収できることだ。この線を地域単位で描けるかが、次の数年の差になる。
よくある質問
<出典>
- 観光庁「インバウンド消費動向調査 2025年暦年の調査結果(確報)」
- 農林水産省「農泊をめぐる状況について」
- 農林水産省「令和6年度6次産業化総合調査」
- 農林水産省「2025年農林水産物・食品の輸出実績」
- 国税庁「最近の日本産酒類の輸出動向について」
- 観光庁「ガストロノミーツーリズムの推進」
- UNWTO「ガストロノミーツーリズム発展のためのガイドライン(日本語版)」
- 観光庁「ベジタリアン・ヴィーガン/ムスリム旅行者おもてなしガイド(資料編)」
- 内閣官房・観光庁「観光立国推進基本計画(第5次・2026年3月27日閣議決定)」




