サステナブルツーリズム(持続可能な観光)は、いまや一部の意識の高い事業者だけのテーマではなくなった。世界観光機関(UN Tourism)は持続可能な観光を「訪問客、業界、環境および受け入れ地域のニーズに対応しつつ、現在および将来の経済・社会・環境への影響を十分に考慮する観光」と定義する。環境保護の話に見えて、その実体は「観光地を疲弊させずに稼ぎ続けるための経営の設計図」だ。
旅行者の意識も変わった。Booking.comの2025年調査では、世界の旅行者の84%が「持続可能な旅行は重要」と答えている。日本でも観光立国推進基本計画が2025年までに「持続可能な観光地域づくりに取り組む地域を100地域」という目標を掲げ、政策の前提になった。それでも事業者にとって重要なのは、きれいごとの理念ではない。混雑・脱炭素・認証という具体的な論点を、単なるコストではなく差別化やリスクへの備えとして捉えられるかが問われている。
このページは「サステナビリティ」分野の入口として、国際基準・主要な論点・事業者タイプ別の打ち手をまとめて解説する。
この記事のポイント
- サステナブルツーリズムは環境・社会文化・経済の3側面で観光を長期的に成り立たせる考え方。
- 世界の旅行者の84%が持続可能な旅行を重要視しており、需要側からも無視できないテーマになった。
- 国際基準はGSTC、日本版はJSTS-Dで、観光立国基本計画は2025年までに持続可能な観光地100地域を掲げる。
- 主要論点である脱炭素・オーバーツーリズム・認証の3つは、いずれも負担であると同時に差別化の機会になる。
サステナブルツーリズムとは 観光を長く続けるための考え方
サステナブルツーリズム(sustainable tourism)とは、観光がもたらす経済・社会文化・環境への影響を踏まえ、その地域で観光を長期的に成り立たせる考え方を指す。UN Tourismの定義では、訪問客・業界・環境・受け入れ地域という四者のニーズに同時に応えることが求められる。
重要なのは、これが「環境配慮」だけの話ではない点だ。持続可能性の原則は環境・社会文化・経済の3側面に及び、この3つのバランスを取ることが核心になる。自然や街並みを守るだけでも、観光客を集めて稼ぐだけでも持続可能にはならず、両立させる設計こそがサステナブルツーリズムである。
この市場が経営課題として重要なのは、観光地の資源そのものが事業の元手だからだ。混雑で住民が観光を嫌い、自然や文化が傷めば、その地域の観光は早晩立ち行かなくなる。だからサステナビリティは環境部門の話題ではなく、観光に関わる事業者に広く横断する経営テーマである。

この記事で使う主な用語の読み方
サステナビリティの分野は似た言葉が多く、定義もあいまいに使われがちだ。混同を避けるため、本記事で使う主な用語の意味と注意点を先に示す。
| 用語 | 意味 | 注意点 |
|---|---|---|
| サステナブルツーリズム | 環境・社会文化・経済の3側面で観光を長期的に成り立たせる考え方 | 「エコツーリズム」より広い上位概念 |
| GSTC基準 | 持続可能な観光の世界的な最低基準。観光地向けと産業向けがある | 認証そのものでなく、認証の土台となる「ものさし」 |
| JSTS-D | GSTCに準拠した日本版の持続可能な観光ガイドライン | 自治体・地域(デスティネーション)向け |
| オーバーツーリズム | 観光客の集中が住民生活や環境・体験の質を損なう状態 | 単なる「混雑」より広く、生活影響まで含む |
| グリーンウォッシュ | 実態を伴わない見せかけの環境配慮 | 認証や第三者評価が対策の柱になる |
世界を動かすのは脱炭素と旅行者の意識変化
サステナブルツーリズムを動かしている力は、大きく2つある。脱炭素と、旅行者の意識変化だ。
第一に脱炭素。観光は世界の温室効果ガス排出の約8%を占めるとされる(Lenzen et al. 2018)。決して小さくない数字で、2021年のCOP26では観光分野の「グラスゴー宣言」が発足し、署名者は2030年までに排出を半減し、2050年より前のできる限り早期のネットゼロを目指すとコミットした。観光は「環境負荷を出す側」として、削減を迫られる立場にある。
第二に旅行者の意識だ。Booking.comの2025年調査(34か国・3万2,000人)では、84%が「持続可能な旅行は重要」と答え、93%が「より持続可能な選択をしたい」と回答した。初めて過半数(53%)が、環境だけでなく観光が地域コミュニティに与える影響まで意識し始めたことが、潮目の変化を示している。73%は「使ったお金が地域に還元されること」を、77%は「地域文化を反映した本物の体験」を望む。
ただし需要を読むときは注意も要る。同じ調査で、「自地域の観光客数に上限を設けるべき」と考える人は16%にとどまる。「持続可能性は大事」という意識と、実際の行動や負担許容のあいだには、なお大きなギャップがある。市場規模を語る民間予測は調査ごとに定義がばらつき、横並び比較に耐えないため、本記事では「高成長が予測される領域」という傾向として扱う。
国際基準GSTCと日本版JSTS-D
サステナブルツーリズムを「言葉」から「実務」に落とすための共通のものさしが、国際基準GSTC(Global Sustainable Tourism Criteria)だ。GSTCは持続可能な観光の世界的な最低基準で、(1)持続可能なマネジメント (2)社会経済的影響 (3)文化的影響 (4)環境的影響の4本柱で構成される。GSTCは「認証」そのものではなく、各種の認証制度が拠って立つ土台の基準である点が要点だ。
GSTCには観光地向け(GSTC-D)と、ホテル・ツアーオペレーターなど産業向け(GSTC-I)の2系統がある。GSTC自身は直接認証せず、認証機関を「認定」する二層構造をとり、評価の独立性を担保している。
日本はこのGSTCに準拠した独自版を整えている。観光庁がUN Tourism駐日事務所とともに開発した「日本版持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)」だ。社会経済・文化・環境+これらを管理するマネジメントの4分野で構成され、GSTC基準の和訳を内包する。研修動画の確認テストに合格すればロゴマークも使える。
政策目標も具体的だ。観光立国推進基本計画(2023年閣議決定)は、持続可能な観光地域づくりに取り組む地域を2025年(令和7年)までに100地域(うち国際認証・表彰50地域)に増やす目標を掲げた。基準となる2022年実績は12地域(うち6地域)だったから、3年で約8倍に引き上げる構えだ。背景には「持続可能な観光・消費額拡大・地方誘客促進」の3キーワードがあり、訪日消費5兆円・単価20万円というKPIからは、人数だけでなく消費額・単価を重視する方向性が読み取れる。
脱炭素はコストか競争力か
最初の主要論点は脱炭素だ。ここでの事業者の迷いは、脱炭素を「避けられないコスト」と見るか「将来の競争力」と見るかにある。
短期的にはコストがかさむ。航空分野では持続可能な航空燃料(SAF)の導入が進み、日本は2030年時点で本邦エアラインの燃料使用量の10%をSAFに置き換える目標を設定した(国内ジェット燃料使用量の約172万kL相当)。SAFは従来燃料より高価で、供給量やコストの課題があり、航空運賃や旅行商品にも影響しうる。宿泊施設でも省エネ改修や再エネ調達には先行投資が要る。
一方で、これを競争力に変える動きもある。排出量の可視化や再エネ化は、サステナブル志向の旅行者や企業の出張・調達方針に対応するうえで、重要性が高まりつつある。脱炭素対応が取引や商品選定の材料になる場面では、対応の有無が選ばれる理由の一つになりうる。脱炭素は「やらされるコスト」と「選ばれる条件」の二面を持つ。
あわせて読む 移動の脱炭素と、排出可視化やエネルギー管理のデジタル化は、それぞれこちらで詳しく解説している。
混雑対策は「規制」か「分散」か
2つめの論点はオーバーツーリズムだ。観光客の集中が住民生活・環境・体験の質を損なう状態で、京都や富士山に象徴される。政府は2023年10月に「オーバーツーリズムの未然防止・抑制に向けた対策パッケージ」を決定し、先駆モデル地域として26地域を選んで横展開を図っている。
打ち手は大きく「規制・課金」と「分散・誘導」に分かれる。前者の代表が入域料と宿泊税だ。富士山は2025年夏から全4ルートで〈事前Web予約+入山料4,000円〉を義務化し、山梨県側だけで通行許可14万9,713人・徴収額5億9,138万円を集めた。京都市は2026年3月から宿泊税を見直し、1泊10万円以上の宿泊には最高1万円(現行の10倍)を課す。見直し後の宿泊税収は約126億円(総額)を見込む。これらの財源を混雑対策や受け入れ環境の整備にどう結びつけるかが、制度設計の焦点になる。

後者の「分散」は、時間帯・季節・エリアをずらして集中をならす発想だ。早朝・夜間の活用、近隣地域への周遊、予約制による平準化などが含まれる。入域料や宿泊税だけでなく、分散や高付加価値化と組み合わせることで、混雑対策と地域収益の両立を図りやすくなる。
あわせて読む 需要分散の受け皿づくりと、市場別の集中構造は、それぞれこちらで詳しく解説している。
認証取得はコストか差別化か
3つめの論点は認証だ。GSTCやJSTS-D、エコラベルの取得は、手間と費用がかかる。それでも取りに行く理由は、差別化とグリーンウォッシュ回避にある。
日本には2007年制定のエコツーリズム推進法があり、地域協議会が全体構想の認定を受ける制度がある。環境省が公表する全体構想の認定を受けた地域は28件(2026年6月時点)で、世界遺産・合掌造り集落を抱える白川村もそのひとつだ。国際エコラベル取得の事例も出ている。釜石市の宿泊施設は2024年に「グリーンキー」を日本で5施設目として取得した。
先進地域の象徴が岩手県釜石市だ。2016年にGSTCの導入を決め、2018年にはGreen Destinationsの「世界の持続可能な観光地100選」へ日本で初めて選ばれた。以後7年連続で選出され、2024年にはゴールド賞を受賞している。認証や表彰は、取り組みを第三者の評価として示し、選ばれる理由を説明する材料になりうる。ただし実態が伴わなければ、かえってグリーンウォッシュと批判されるリスクもある。取得の前に、地域の実践そのものを整えることが順序だ。
あわせて読む 認証をどう発信に使うかと、自然資源の活用は、それぞれこちらで詳しく解説している。
事業者タイプ別の打ち手
サステナビリティの論点は業種を横断する。自社の立場から、まず見るべき数字と最初の打ち手、次に読む記事は次のとおりだ。
- 宿泊事業者
まずエネルギー使用量と廃棄物量、サステナブル志向客の比率を見る。初手は省エネ・脱プラと、地域食材・体験を組み込んだ高付加価値プランの設計。
関連ガイド:宿泊業の全体像 - 交通・旅行事業者
まず移動に伴う排出量と周遊ルートの集中度を見る。初手は鉄道・公共交通を組み込んだ低炭素ツアーと、混雑期・混雑地を避ける商品設計。
関連ガイド:旅行業の全体像・観光と交通の全体像 - 観光施設・体験事業者
まず予約の集中時間帯と環境負荷を見る。初手は予約制による平準化と、自然・文化を学ぶ着地型コンテンツの磨き上げ。
関連ガイド:観光施設の全体像・観光体験の全体像 - 飲食事業者
まず食品ロス率と地場食材の比率を見る。初手はロス削減と地産地消の見える化、それを単価に変えるストーリーづくり。
関連ガイド:フードツーリズムの全体像 - 自治体・DMO
最大の論点は誘客より「住民の合意形成」と「入域料・宿泊税など自主財源の確立」。来訪者数でなく住民満足度・地域内消費・再投資額で成果を測る。
関連ガイド:地方創生・DMOの全体像・観光政策の全体像
サステナブル経営の進め方(5ステップ)
業種を問わず、サステナビリティの取り組みは次の順で進めると迷わない。理念から入らず、現状把握から始めるのが要点だ。
- 現状を測る
エネルギー・廃棄物・混雑・住民の声を数字にする。感覚でなく実測で「どこに負荷が出ているか」を把握するのが出発点だ。 - 基準を当てる
GSTCやJSTS-Dの項目を自社・自地域に当て、できている点と足りない点を洗い出す。ものさしを借りることで、独りよがりを避けられる。 - 優先順位を決める
脱炭素・混雑・文化保全のうち、自地域で最も切実な論点から着手する。あれもこれもと総花的に張らない。 - 稼ぎに結びつける
取り組みを高付加価値商品・課金・ブランドに変える。コストを売上に転換する設計がないと、長続きしない。 - 発信し検証する
実績を公開し、認証や第三者評価で裏づける。グリーンウォッシュを避けつつ、選ばれる理由として伝える。
このテーマを深掘りする
本記事で触れた論点は、今後それぞれの専用記事で順次深掘りしていく。
サステナブルツーリズムは、長らく「やったほうがよいこと」として語られてきた。だが旅行者の84%が持続可能性を重視し、政府が100地域という数値目標を置いた今、それは「選ばれる理由」の一つになりつつある。
問われるのは、取り組みそのものより、それを「選ばれる理由」にまで翻訳できるかだ。岩手県釜石市は2016年にGSTCを導入し、2018年に世界の持続可能な観光地100選へ日本で初めて選ばれ、その後も7年連続で選出されている。保全と情報発信を地域の強みとして打ち出してきた地域だ。第三者の評価を発信に活用できる地域は、選ばれる理由を説明しやすくなる。自然・文化・住民の暮らしを守ることは慈善ではなく、稼ぎ続けるための投資だ。まずは自社のエネルギーと廃棄物、自地域の混雑の実態を、今日、数字で確認することから始めたい。
よくある質問
<出典>
- UN Tourism(世界観光機関)アジア太平洋地域事務所「持続可能な観光の定義」
- 観光庁「観光立国推進基本計画」(2023年3月31日閣議決定)
- 観光庁「日本版持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)」
- 観光庁「オーバーツーリズムの未然防止・抑制に向けた対策パッケージ」
- 「2025 Travel & Sustainability Report」(Booking.com)
- 「Global Sustainable Tourism Criteria」(GSTC)
- 経済産業省 資源エネルギー庁「2030年における持続可能な航空燃料(SAF)の供給目標量の在り方」
- 山梨県「富士山登山規制実施結果」/京都市「宿泊税の見直し」/環境省「エコツーリズム推進法 全体構想認定協議会」








