宿坊とは 信仰の宿が背負ってきた経営

障子越しの光が差し込む和室の座敷。宿坊の客室のイメージ
Photo: Rod Long / Unsplash
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高野山に泊まった宿泊客は2024年に20万1,678人泊。うち10万6,673人泊が外国人で、構成率は52.89%と過半を占める。和歌山県の調査による数字だ。

その高野山には、宿坊を営む寺が52か寺ある。宿坊とは、寺院や神社が参拝者を泊めるために設けてきた宿だ。修行や参拝の便宜として生まれたもので、宿泊業として設計されたものではない。

だが「信仰の場だから商売ではない」という整理は、少なくとも高野山では成り立たない。寺は明治に寺領を失い、そのとき宿坊経営に自立の道を求めた。 本記事では、宿坊の成り立ちと現在の数字を押さえたうえで、旅館業法と法人税がこの宿をどう扱ってきたかを、一次資料をもとに整理する。

この記事のポイント

  • 宿坊は寺院や神社が参拝者を泊めてきた宿で、法令に「宿坊」という区分はない。旅館業法上の営業種別は施設ごとに判断される。
  • 高野山の寺院は明治期に680か寺から431か寺へ減り、大火後には130の寺名を残すまで統廃合された。高野町の計画は「残った寺院の多くは宿坊経営に自立の道を求めていった」と記す。
  • 高野山に泊まった宿泊客は2024年に20万1,678人泊、うち外国人が10万6,673人泊で構成率52.89%。外国人の88.1%を欧米豪が占める。
  • 法人税は、宗教法人が参詣人を泊めて宿泊料を受ける行為を原則として旅館業=収益事業として扱う。例外の要件にある1泊1,000円という金額は、昭和56年に定められて以来変わっていない。
  • 観光庁は宿坊の課題を「低単価・相部屋など従来の日本型観光旅行における団体旅行を想定した形態が多い」と整理している。
目次

宿坊は参籠のための宿として始まった

宿坊とは、寺院や神社が参拝者を宿泊させるために設けた施設を指す。起源は参籠、つまり寺社にこもって祈願する慣習にある。遠方から訪れる参拝者に寝食の場を提供する必要から生まれた宿であり、旅行者を集めるために作られたものではない。

高野山の例が分かりやすい。高野山宿坊協会によれば、高野山では「越後の国は何々院、山城の国は何々院と、それぞれの所縁坊が決まって」いた。寺と諸国大名との檀縁関係にもとづく仕組みだったと同協会は説明する。庶民は講を通じて泊まる寺が定まった。どちらにしても、宿を選ぶという行為ではない。

転機は明治に来る。高野町が策定し2019年に国が認定した歴史的風致維持向上計画は、当時の経緯をこう書く。明治4年(1871年)1月の太政官布告により、金剛峯寺は境内地を除くすべての寺領を新政府に奉還した。年貢収入を失った高野山は窮乏の時代を迎え、明治6年(1873年)の上地令がさらに追い打ちをかけた。廃寺や離山僧が続出し、維新当時680か寺あった寺院は明治17年(1884年)に431か寺へ減る。明治21年(1888年)の大火のあとには130の寺名を残し、建物も60余に統廃合された。

そして同計画は続けてこう記す。「残った寺院の多くは宿坊経営に自立の道を求めていった」。宿坊が経営になったのは、観光需要が来たからではない。寺が食べていく必要に迫られたからだ。

提供内容には、いまも信仰の形が残る。高野山宿坊協会が挙げるのは精進料理と本堂での早朝勤行、そして般若湯と呼ばれる酒類だ。宿坊ごとに精進料理・客室・風呂・庭園に特徴があるとも書かれており、選ばれる対象としての意識もうかがえる。

法令の側に「宿坊」という区分はない。旅館業法が定める営業種別は旅館・ホテル営業、簡易宿所営業、下宿営業の3つで、宿坊もこのいずれかとして許可を受けることになる。どの種別に当たるかは施設の営業形態や構造設備に応じて判断されるもので、宿坊だから一律にこうなるという決まりはない。厚生労働省が示す旅館業法の概要にも、宿坊という語は出てこない。

あわせて読む 宿坊が取ることの多い簡易宿所営業は、面積要件やフロントの扱いが旅館・ホテル営業と異なる。制度の中身はこちらで整理している。

ゲストハウスのラウンジでノートパソコンを開いて談笑する宿泊客 簡易宿所はなぜ増えるのか 15年で約2倍

全国に宿坊が何軒あるのかは分かっていない。厚生労働省の衛生行政報告例は旅館業の施設数を旅館・ホテル営業、簡易宿所営業、下宿営業の3区分で集計しており、宿坊という集計区分を持たない。同統計から全国の宿坊数を把握することはできない。

参考までに簡易宿所営業の施設数を見ると、2025年3月末で4万4,901施設あり、前年度から2,992施設(7.1%)増えている。ただしこの統計に増加の内訳は示されておらず、宿坊の増減を読み取ることはできない。

高野山に泊まる人の半分以上が外国人だ

高野山に泊まる人の半分以上が外国人だ
高野山の宿泊客の構成比と外国人宿泊客の国・地域別内訳(令和6年)
高野山の宿泊客の構成比と外国人宿泊客の国・地域別内訳(令和6年) 高野山の宿泊客20万1,678人泊のうち外国人は10万6,673人泊で、構成率は52.89%と過半を占める。その外国人の内訳は欧米豪が88.1%(9万3,965人泊)、アジアが11.3%(1万2,101人泊)、その他が0.6%(607人泊)で、欧米豪に偏っている。 宿泊客の内訳 外国人 52.89% 日本人ほか 47.11% 外国人の内訳 欧米豪 88.1% アジア 11.3% その他 0.6%
(注:上段の外国人52.89%は和歌山県の報告書が公表する構成率。「日本人ほか」は100%からの残差として編集部が算出した)(注:この調査は宿坊とそれ以外の宿泊施設を区分していない。高野山全体の宿泊客の数字である)(注:下段の国・地域別の3区分は同調査の速報値による。速報値は市町村区分の「高野町」、報告書の宿泊客数は観光地区分の「高野山」で公表されているが、宿泊客数・外国人宿泊客数は同じ値である)
出典:和歌山県「令和6年 観光客動態調査報告書」および同 速報値をもとに編集部作成
この図表のデータを見る
区分宿泊客数(人泊)構成比
宿泊客 合計201,678100.00%
うち外国人106,67352.89%
うち日本人ほか95,00547.11%
外国人のうち 欧米豪93,96588.1%
外国人のうち アジア12,10111.3%
外国人のうち その他6070.6%

和歌山県「令和6年 観光客動態調査報告書」表1(主要観光地別観光客推計総括表)および表14(宿泊客の発地別推計表)、同 速報値(主要市町村別の宿泊客数〈国・地域別〉)。外国人の構成率52.89%は報告書の公表値。日本人ほかの人泊数・構成比、および外国人の国・地域別構成比は編集部が算出した。参考=令和元年の宿泊客は224,393人泊。

宿坊の現在地を数字で追える場所は限られる。まとまった統計があるのは、宿坊が集積する高野山だ。和歌山県の観光客動態調査は、主要観光地の区分として高野山を立てている。

2024年(令和6年)の高野山は、観光客総数141万8,247人、うち日帰り121万6,569人、宿泊20万1,678人泊だった。外国人宿泊客は10万6,673人泊で、同調査が示す構成率は52.89%。国・地域別の内訳は同調査の速報値にあり、アジアが1万2,101人泊、欧米豪が9万3,965人泊、その他が607人泊。欧米豪が88.1%を占める。

ここで注意がいる。この調査は宿坊とそれ以外の宿泊施設を区分していない。高野山にはゲストハウスや民宿もあり、この数字のうち何割が宿坊に泊まったのかは、公表統計からは分からない。

前年との比較にも条件が付く。2023年(令和5年)の宿泊は21万8,644人泊で、2024年はそこから7.8%減った。ただし2023年は宗祖弘法大師御誕生1250年記念大法会が営まれた年だ。5月14日から7月9日までの57日間、高野山真言宗の記念法会が続いた。県の令和5年報告書自身が、宿泊客の増加要因として「宗祖弘法大師御誕生1250年記念大法会をはじめとする多様な法会や特別なイベントの開催、また、宿坊体験を求める旅行者の増加」を挙げている。

高野山の宿泊は記念法会の年に大きく振れる。開創1200年記念大法会が営まれた2015年(平成27年)は44万422人泊で、前年比161.4%だった。この年について県は「記念大法会開催期間中のゴールデンウィークには宿坊がほぼ満室になるなど、宿泊客数、日帰り客数とも大幅に増加した」と記している。

比較の基準を法会のない年に取ると、コロナ禍前の2019年(令和元年)は22万4,393人泊。2024年の20万1,678人泊は、まだそこに届いていない。一方で外国人宿泊客に限れば、2023年の9万3,907人泊から2024年は10万6,673人泊へ伸びた。

供給側も見ておきたい。高野山宿坊協会のサイトに一覧掲載されている宿坊は50か寺で、掲載された個室数を合計すると1,496室になる(編集部集計・2026年9月時点)。同協会の本文記述にある「宿坊寺院は52ケ寺」との差は、一覧のHTML上で2か寺が非表示になっているためで、その2か寺を含めると52か寺・1,554室になる。1か寺あたりの中央値は26.5室、最大は66室、最小は7室だ。

売り方も、参籠の時代とは変わっている。楽天トラベルの高野山の宿泊施設一覧には30施設、じゃらんnetにも約26施設が並び、Booking.comやAgodaなど海外OTAにも複数の宿坊が掲載されている。同協会は宿坊の宿泊と昼食の精進料理の予約を受け付けているが、いまや予約経路はそこだけではない。欧米豪が外国人宿泊客の9割近くを占める構成は、こうした流通の変化と切り離せない。

税制の線は45年前に引かれた

税制の線は45年前に引かれた
宿坊が向き合う制度の層
税 制
原則=収益事業
法人税基本通達15-1-39。宗教法人が信者や参詣人を泊めて宿泊料を受ける行為は、旅館業法の許可の有無にかかわらず旅館業に当たる
例外=低廉な宿泊施設
同15-1-42。①主たる目的事業に関連する利用 ②多人数で共用する構造・設備が主 ③1泊1,000円(2食付き1,500円)以下——の3要件をすべて満たす場合のみ。この金額は昭和56年に定められて以来変わっていない
課税される場合
法人税率19%(年800万円以下の所得は15%)。宗教活動のための支出は所得の20%まで寄附金とみなして損金算入できる。収益事業とそれ以外の経理は区分する義務がある
営業・施設
旅館業法ほか
営業種別は旅館・ホテル営業/簡易宿所営業/下宿営業の3つ。法令に「宿坊」の区分はない。観光庁は文化財保護法・旅館業法・都市計画法などの確認を挙げ、実務では建築基準法の用途変更、消防法、食事の提供があれば食品衛生法も関わる
宗教法人法
収益事業を始めるには所轄庁への規則変更認証等の手続きが要る
(注:15-1-42の対象は公益法人等が主たる目的とする事業の遂行に必要な施設として設置した宿泊施設に限られる。宗教法人は法人税法別表第二の公益法人等にあたる)(注:法人税率の軽減は租税特別措置法によるもので、令和7年4月1日以後に開始する事業年度で所得が年10億円を超える場合、年800万円以下の部分の税率は17%になる)
出典:国税庁「法人税基本通達 第16款 旅館業」「宗教法人の税務(令和8年版)」、厚生労働省「旅館業法の概要」、観光庁「令和2年度 城泊・寺泊による歴史的資源の活用事業 実施報告書」をもとに編集部作成

宿坊を「信仰の場」と見るか「宿泊業」と見るか。この問いに、税制はとうに答えを出している。しかもその答えは、45年前の水準のまま動いていない。

国税庁の法人税基本通達は、第16款で旅館業の範囲を定めている。15-1-39は、旅館業には「旅館業法による旅館業の許可を受けないで宿泊させ、宿泊料…を受ける事業が含まれる」としたうえで、こう書く。「例えば宗教法人が宿泊施設を有し、信者又は参詣人を宿泊させて宿泊料を受けるような行為も、15-1-42に該当するものを除き、旅館業に該当する」。

参拝者を泊めて宿泊料を受け取れば、原則として収益事業の旅館業にあたる。相手が信者かどうかも、旅館業法の許可を取っているかどうかも関係がない。

例外を定めるのが、同じ款の15-1-42「低廉な宿泊施設」である。対象は公益法人等が主たる目的とする事業の遂行に必要な施設として設置した宿泊施設で、次の3つの要件をすべて満たすものに限られる。①その宿泊施設の利用が専ら主たる目的事業の遂行に関連してなされること、②多人数で共用する構造・設備を主とすること、③宿泊料が「全ての利用者につき1泊1,000円(食事を提供するものについては、2食付きで1,500円)以下であること」。

価格だけで決まるわけではない。だが3つ目の要件が持つ意味は大きい。この金額は昭和56年(1981年)に同通達が追加されたときのもので、以後変わっていない。同通達の改正履歴は「昭56年直法2-16により追加、平23年課法2-17により改正」の2件だけで、平成23年改正の新旧対照表を確認すると、この項目の改正は「すべて」を「全て」に改める表記の整理にとどまる。国税庁が毎年出す「宗教法人の税務」も、令和8年版で同じ1泊1,000円・2食付き1,500円を現行の取扱いとして示している。

1泊1,000円で泊まれる宿坊は、いまの日本にほとんどない。 精進料理を出し、個室を整えた宿坊は、税務上は宿泊業として扱われる。制度は45年前の物差しを当て続けているが、実際に線の内側に残る施設はごくわずかになった。

課税されるからといって、行き詰まるわけではない。宗教法人を含む公益法人等の収益事業に対する法人税率は19%で、租税特別措置法により年800万円以下の所得は15%に軽減される(令和7年4月以降に始まる事業年度で所得が年10億円を超える場合は17%)。収益事業に属する資産から宗教活動のために支出した金額は寄附金とみなされ、所得の20%まで損金に算入できる。宿坊の利益を寺の護持に回す道は、制度として用意されている。

そのかわり、収益事業を行う法人には収益事業とそれ以外の経理を区分する義務がある(法人税法施行令第6条)。国税庁の通達は、この「所得に関する経理」に資産・負債の経理も含むとしている。宿坊を営むとは、寺の帳簿を二重に持つということでもある。

観光庁の資料も、同じ線を実務の言葉で説明している。城泊・寺泊の専門家派遣事業のナレッジ集は「宗教法人が宿泊業(収益事業)を行う場合は、課税対象となるため所轄庁への規則変更認証等手続きが必要となる」と書く。

非課税の道については「宗教活動に関連して利用される簡易な共同宿泊施設で」という条件を挙げたうえで、「宿泊料の額が1泊1,000円以下、食事を提供する場合は2食1,500円以下となっており、事業化が困難になる」と述べる。そのうえで「実施主体者は宗教法人ではなく別法人(株式会社、一般社団法人等)を設立することも検討されたい」と続けている。

同ナレッジ集は、宗教法人であることが補助金の面でも制約になり得るとも指摘する。「宗教法人の場合、補助金等行政の支援を活用しにくくなる可能性がある」。

確認すべき法令は税制だけではない

寺を宿にするときに向き合う制度は、旅館業法と法人税だけではない。観光庁は専門家派遣を通じて分かったこととして3点を挙げている。「①新しく地域ビジネスに取り組むという意思決定②城泊・寺泊を取り組むに当たって地域住民や組織内部における理解醸成・合意形成③文化財保護法や旅館業法、都市計画法など関連する法制度の確認」。

文化財保護法、旅館業法、都市計画法。行政が名指しするだけでもこれだけあり、実務ではさらに建築基準法の用途変更、消防法、食事を出すなら食品衛生法の営業許可が加わる。宗教法人が収益事業を始めるには所轄庁への規則変更認証も要る(前節のとおり)。

観光庁が挙げた3点で目を引くのは、法制度の確認が3番目に置かれていることだ。その前に、事業として取り組むという意思決定と、地域住民や寺の内部での合意形成が並んでいる。手続きの前に、決めることと理解を得ることがある。

担い手で3つの形に分かれる

宿泊業をどこまで自分で担うかで、寺の姿は変わる。観光庁の資料と各施設の公表情報から、編集部の整理として3つの形を挙げる。いずれも国の事業に採択された事例で、宿坊全体を代表するものではない。

宿泊業を誰が担うかで3つに分かれる
国の城泊・寺泊事業に採択された事例からの整理(編集部作成)
寺が
運営する
高付加価値の宿泊商品にする 仁和寺(京都市)=「一泊100万円の宿泊並びに文化体験プログラム」。開業から1年間の利用は9組で、半数以上が欧米系の訪日外国人旅行客寺が運営
高単価でも送客が課題になる 三井寺(滋賀県大津市)=「一泊二食、体験込みで一組30万円」の高級宿坊。課題は価格ではなく認知度と、滋賀県の観光客の7割が日帰りという構造寺が運営
運営を
外部に委ねる
寺は場を提供し、事業者が運営する 高山善光寺(岐阜県高山市)=2017年リニューアル。株式会社シェアウィングが「TEMPLE HOTEL 高山善光寺」として運営。観光庁資料は「宿泊者の95%が訪日外国人旅行者」と記す。同社の説明では年間4,000人が訪れ、収入は4倍近くに寺+事業者
宗教法人が
主体にならない
民間が宿を営み、寺院文化を体験として組み込む 和空 下寺町(大阪市天王寺区)=2017年4月開業・26室・収容43名。運営は和空プロジェクト。写経・写仏、朝のお勤め、精進料理、坐禅を提供。寺院が営む宿坊ではない民間が運営
(注:仁和寺・三井寺・高山善光寺の数値は観光庁の城泊・寺泊事業の資料に記載された令和2年度時点のもので、現在の料金・稼働状況は未確認)(注:高山善光寺の年間4,000人・収入4倍は同事業の実施報告書に収録された運営事業者の説明による。訪問者数であり宿泊者数ではない)(注:3つの形は編集部が事例から整理したもので、観光庁が示す分類ではない。宿坊全体を代表するものでもない)
出典:観光庁「令和2年度 城泊・寺泊による歴史的資源の活用事業 ナレッジ集」「同 実施報告書」、和空プロジェクト・株式会社シェアウィングの公表資料をもとに編集部作成

寺が高付加価値の宿泊商品として運営する形。京都の仁和寺は「一泊100万円の宿泊並びに文化体験プログラム」を提供している。観光庁のナレッジ集によれば、開業から1年間の利用は9組で、その半数以上が欧米系の訪日外国人旅行客だった。滋賀県大津市の三井寺も「一泊二食、体験込みで一組30万円」の高級宿坊として運営している。ただし三井寺の課題として同資料が挙げるのは価格ではなく立地で、「観光の観点では京都・大阪に比べて認知度が低く、滋賀県の観光客の7割が日帰りとなっている」。高単価の商品を作れることと、そこに客を運べることは別の問題だ。

寺が運営を外部に委ねる形。岐阜県高山市の高山善光寺は2017年にリニューアルし、株式会社シェアウィングが「TEMPLE HOTEL 高山善光寺」として運営している(現在は同社のOTERA STAYブランドでも展開)。観光庁のナレッジ集は「現在では宿泊者の95%が訪日外国人旅行者という人気の宿坊に変貌した」と記す。同事業の実施報告書に収録された同社の説明では、訪日外国人を中心に年間4,000人が訪れ、収入も4倍近くに増えたという。いずれも令和2年度時点の記載で、現在の数値は未確認だ。

宗教法人が宿泊業の主体にならない形。大阪市天王寺区の和空 下寺町は、2017年4月に開業した26室・収容43名の宿泊施設で、運営は和空プロジェクトが担う。寺院が営む宿坊ではなく、下寺町という寺町の立地を生かした民間の宿だ。写経・写仏、朝のお勤め、精進料理、坐禅といった寺院文化の体験を商品に組み込む。観光庁が「別法人の設立も検討されたい」と書いた選択肢を、はじめから民間側から作った形といえる。

高野山の伝統型は、この3つのどこにも収まらない。高野山温泉 福智院は公式サイトによれば客室60室、収容250名で、高野山唯一の天然温泉と露天風呂を持つと説明している。設備は旅館に近い。それでいて朝6時の勤行があり、宿泊者は先祖供養や祈祷を申し込める。設備は宿に寄せ、一日の営みは寺のまま残す。

受け入れの上限は住職の時間にある

商品の形を決めても、そのとおりに動けるとは限らない。観光庁のナレッジ集が挙げる正暦寺の例が分かりやすい。「調理を全て住職が担当しているため、受け入れの負担が大きく、また葬儀等の本業により対応が出来ず、受け入れ可能日数が制限されてしまう」。

宿泊業として見れば稼働を上げられない状態だが、寺として見れば法務という本義を優先した結果である。設備でも資金でもなく、住職が担う法務との両立が受け入れ日数を決めている。

国の支援も形を変えてきた。城泊・寺泊を単独で扱う専門家派遣は令和2年度に行われ、城泊7件・寺泊14件の計21件が採択された。その後、支援は歴史的資源を活用した観光まちづくりの枠組みへ移り、令和8年度は「観光振興事業費補助金(地域資源を活用した観光まちづくり推進事業)」として公募された。対象は地方自治体・DMO・民間事業者等およびこれらが連携する組織や団体で、補助率2分の1以内・1事業あたり上限2億円。補助対象には地域の「歴史」「食」「自然」「文化」を活用した施設整備が含まれる。

城や社寺を名指しした単独メニューではなくなった一方、対象そのものは広がっている。ただし前節のとおり、宗教法人が申請主体になると補助金を使いにくくなる可能性は残る。

観光ビジネスの視点

宿坊は信仰の場であると同時に、寺の運営を支える事業でもある。高野山の寺は明治時代に寺領を失い、自立するために宿坊経営に力を入れた。それから約140年、宿坊は寺を支え続けてきた。

一方、税制には古い基準が残っている。宿坊の宿泊を「宗教活動の延長」として扱う基準は、相部屋で1泊1,000円以下。この金額は1981年(昭和56年)に定められ、45年間変わっていない。

ただ、基準が古いからといって、宿坊の経営が立ち行かなくなるわけではない。多くの宿坊はこの基準を超える料金で宿泊客を受け入れ、収益事業として申告・納税しながら、寺を維持している。

問題は、この基準が「宿坊とは、安い料金で相部屋に泊まるもの」というイメージを残していることだ。観光庁が宿坊を低価格・相部屋の宿泊施設として捉える見方にも、そうしたイメージが重なる。

これからの宿坊に必要なのは、寺として何を守り、そのためにどのような事業を営むのかを、自分たちで明確にすることだ。信仰の場を守ることと、宿泊事業で収入を得ることを、どう両立させるかが問われている。

よくある質問

宿坊とは何か。旅館や民宿と何が違うのか。

宿坊は寺院や神社が参拝者を宿泊させるために設けた施設で、起源は参籠にある。旅館・民宿との違いは出自だ。宿泊業として設計されたのではなく、信仰の便宜として生まれている。精進料理や早朝勤行など寺の営みが宿泊内容に組み込まれるのはそのためだ。ただし法令に「宿坊」という区分はなく、旅館業法上の営業種別は施設ごとに判断される。

宿坊は全国に何軒あるのか。

全国を数えた公の統計はない。厚生労働省の衛生行政報告例は旅館業の施設数を旅館・ホテル営業、簡易宿所営業、下宿営業の3区分で集計しており、宿坊という区分を持たない。地域単位では把握できる例があり、高野山宿坊協会は高野山の宿坊寺院を52か寺としている。

宿坊の宿泊料はどのくらいか。

寺ごとに異なる。高野山宿坊協会の一覧は部屋数や設備を載せる一方で宿泊料金を掲載しておらず、各寺の公式サイトでも料金は予約システムの中で示される例が多い。ただし高野山の宿坊は楽天トラベルに30施設、じゃらんnetに約26施設が掲載されており、OTA経由であれば料金を比較できる。高付加価値型では、京都の仁和寺が一泊100万円、滋賀の三井寺が一泊二食・体験込みで一組30万円という事例が観光庁の資料に記載されている(いずれも令和2年度時点)。

寺が宿坊を営むと税金はどうなるのか。

法人税基本通達15-1-39は、宗教法人が信者や参詣人を宿泊させて宿泊料を受ける行為を、原則として旅館業=収益事業に当たるとしている。例外は同15-1-42の「低廉な宿泊施設」で、主たる目的事業に関連する利用であること、多人数で共用する構造・設備を主とすること、宿泊料が1泊1,000円(2食付きは1,500円)以下であることの3要件をすべて満たす場合に限られる。収益事業に当たる場合の法人税率は19%(年800万円以下の所得は15%)で、宗教活動のために支出した金額は所得の20%まで寄附金とみなして損金に算入できる。あわせて収益事業とそれ以外の経理を区分する義務がある。

宿坊に泊まるのは信者でなくてもよいのか。

高野山では宿坊協会が一般向けに宿泊予約を受け付けており、OTAからも予約できる。税務上も、通達は「信者又は参詣人」を泊めて宿泊料を受ける行為を旅館業として扱っており、相手が信者かどうかで区別していない。ただし宿坊ごとに、早朝の勤行への参加や精進料理など、寺の営みに沿った過ごし方が求められる場合がある。

出典

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